人を愛することでぼくは罪人になった。
ぼくが同性愛者(ゲイ)だと気付いたきっかけは高校2年生の初恋だった
目次
・ぼくの初恋は高校2年生の時、同じクラスの男の子を好きになった
初恋を経験すれば、自分が何を好きなのか自ずと気がつく。ぼくの場合は高校2年生のとき、同じクラスの男の子を好きになった。ぼくは男を好きになるんだという、戸惑いや悲しみはなかった。ただまっすぐに、人を好きになるという感覚を知れて嬉しかった。
人を好きだという純粋な気持ちは幸福だ。そこに嘘も偽りもない、まるで生まれるずっと前から決められていたかのような揺るぎない野生の感情。この絶対的な幸福に「同性愛」とも「異常」とも名付けられるはずがなかった。他の誰かの恋愛と比較して、蔑んだり打ちのめされる隙はなかった。
ただこれを、初恋というのだという確信があった。あとからふりむけば気がつくような淡い思い出ではなく、一生忘れることがない濃厚な経験として心の中に刻みつけられた。きっと明るい未来も楽しい日々もやって来ないけれど、今彼を好きなことを、幸福だと思った。
・彼はぼくにいつも「かわいい」と言ってくれた
彼はいつもぼくの髪を撫でてくれた。教室の中でみんなが見ている前でも、ぼくの髪を優しく撫でて笑ってくれた。ぼくを膝の上に乗せて抱きしめてくれた。ぼくのことを「かわいい」と言ってくれた。彼の前にいるとぼくの心は、少し女の子みたいになった。
帰りのバスで偶然2人きりになったときには、いちばん後ろの席でぼくに膝枕してくれた。膝枕しながらまた彼はぼくの髪を撫でた。これがぼくたちのできる、最も近くにお互いを感じる時間だった。密着した彼の体のぬくもりを肌で感じながら、ぼくは自分の果実が熱くなっていくのを感じた。好きという純粋な感情が性の衝動という野生の直感にすぐに結びついていくことを知った。
夏休みの授業が午前で終わった後には、黄色い夏の光の中をくぐり抜けて、2人だけでスーパーマーケットのゲームセンターに寄った。100円玉を10枚のコインに変えて、コインがいつまでもなくならないことを願った。大好きな彼とずっとゲームセンターで過ごしていたかった。夏の終わりには花火に連れていってあげるよって約束したけれど、連れていってくれなかった。
・幸せな日々の壊れゆく予感
ぼくの好きという気持ちが伝わってしまったのか、彼はぼくと距離を置くようになってしまった。楽しかったあの頃には、もう戻れない。もう「かわいい」って言ってくれなくなった。もう膝枕してくれなくなった。もう髪を撫でてくれなくなった。全部ぜんぶが、当たり前の普通の男友達みたいになった。
それでも2人きりの時は、みんなの前にいるときより優しかった。一度だけ2人で彼の家に行って、その時はいっぱい甘えさせてくれたし、体を寄せ合って眠ってくれた。だけどもうあの頃には戻れないってわかっていたから、胸が苦しくて家のお風呂でいつも泣いていた。
こんなに苦しいんだったらもう関わりたくないと誓って、同じクラスなのに見ないふりをした。彼からぼくに近づいてくることもなく、もう友情すら終わったのだと感じた。一度冗談みたいに「お前には飽きた」って言われた。その言葉がナイフのように心を突き刺して、電車の窓に向かって「知ってるよ」と返した。
・「叶わない恋をしている」
高校2年生と高校3年生のクラスは同じメンバーだった。2年間ぼくは、叶わない恋の苦しみに耐えなければならなかった。担任の先生が受験の妨げになる項目を次々に読み上げ「叶わない恋をしている」という項目でクラス中が笑った。ぼくはその場で泣きたかった。誰にもこの恋を伝えることができない。自分の中で抱えて生きていくしかない。周りにバレたら生きていけないかもしれない。叶わないこの恋を、誰も知らない。
ぼくはとても成績がよかった。中学校も高校も6年間ずっと学年で1位だった。だけどぼくは高校3年から学校に行きたくなくなった。同じクラスにいる彼のことを見ると胸が苦しかった。叶わない恋に心を支配されない時間が欲しかった。ぼくは学校へ行くふりをして、たまに塾で勉強をした。この運命を手放したかった。これ以上生きていても、幸せは訪れないような気がした。そんな悲しみが涙となって、外側ではなくぼくの内側へ流れた。誰にもぼくの悲しみは見えなかった。
・生まれて初めて嬉しくて泣いた日
やっとこの恋とも、彼ともお別れできるんだと救われそうな高3の冬。いつしか彼の方からぼくの方へと近づいて、また少しだけ仲良くなった。一緒に勉強したり、一緒に受験したり、一緒に帰ったりして少しだけ嬉しかった。最後の最後だから、少しくらいそばにいてもいいと思った。もう一生会いたくないから、今だけ彼に触れたいと願った。
たったひとり塾の自習室で勉強していたとき、その日が終わる5分前、彼から「忘れてなかったわ、誕生日」ってメールが来た。おめでとうもお祝いの言葉も、何も書かれていなかったけれど、たった一行でも彼がぼくのことを思っていてくれたことが幸せだった。ぼくは生まれて初めて、嬉しさで号泣した。誰もいない自習室で、我も忘れて泣いてしまった。
・人を愛することでぼくは罪人になった
ぼくも彼も受験を失敗して浪人することになった。だけどそんなことはどうでもよかった。彼に会わない世界に新しく旅立てることが嬉しかった。成績のよかったぼくに期待していた両親や先生は残念がっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。親なのに、先生なのに、存在が根源から引き裂かれたようなぼくの恋の痛みを、彼らは知らない。何も知らない人々がぼくのことをどう思おうと、どうでもよかった。
ぼくはただ、ぼくのことを守り抜こうと決めた。この先幸せな未来なんてきっとやって来ないけれど、否定の雨だけを注がれて、普通になれない恐れに打ちのめされ、立ち上がることさえできなくなるかもしれないけれど、ぼくはどんな不幸が訪れても、ぼくのことを見捨てないと決めた。
どうしようもない運命を背負った魂にさえ、救いはもたらされてもいい。どうしようもない悲しみをまとった心にさえ、生き抜く術を与えられてもいい。この世界の他の誰もがぼくを否定しても、ぼくは絶対にぼくを守るよ。あらゆる人々がぼくのことをけなそうとも、ぼくだけはぼくに慈しみを抱き続ける。あの人のくれた氷のような冷たさが、いつか命を養う強さになるように、嵐の中を歩き続けるより他はない。
人を好きになることは素晴らしいことだと誰もが歌っていた。それなのにぼくは人を愛することで、否定される運命にあることを知った。人を愛することが素晴らしいと心から思えるような人生を送りたかった。他の誰もがそう歌うことをゆるされるように、ぼくも人を愛することを祝福したかった。
人を愛することで、ぼくを愛する人は悲しむだろう。人を愛することで、ぼくは苦しみを覚えた。人を愛することで、ぼくは罪人になった。この感触を一生忘れはしない。そしてあの人が本当の優しさを教えてくれたこと、人を好きになる気持ちを教えてくれたことを、これから先も忘れはしない。
・「初恋」(2016年9月)
ぼくをおぼえていてくれていたのですか
ぼくはあなたを忘れていました
心があなたのそばにいすぎて
忘れていたように感じたのでしょう
あなたのことしか考えなかった日々が
次第に暮れはじめ、終わっていくのを
ぼくは尊く感じていました
やっと苦しみは、終わったのだと
人を愛することが罪になるのを知ったのは
あなたを愛したからでした
人を愛するという罪への罰として
ぼくは見知らぬ苦しみを受けました
とても強く
心は滅ぼされ
とても厳かに
十字架は燃え続けました
あなたを愛したという過去の国の上に
誰かを愛することをつないでも
愛は罪を纏い続けました
天は罰を注ぎ続けました
また雨が降ってきたんだと
ぼくは天を見上げた
その雨の中にはいつも
あなたの欠片を見た気がします
あなたはぼくをゆるすのですね
あなたを愛したぼくなのに
ぼくはぼくをゆるせるのかしら
いつか、あなたを愛したぼくのことを
・ぼくの高校時代の初恋について
・同性愛について
・大学時代のぼくの2番目の恋について