ぼくは神へと戦争を仕掛けて、そして負けた。
同性愛者として生まれた水色の少年は、この人生で幸せにはなれないのだと悲しい覚悟をした
目次
・大学時代、ゲイのぼくとノンケの彼は恋人同士のような関係だった
大学時代、ゲイのぼくと同級生のノンケの彼は不思議なことに恋人同士のような関係になった。合鍵を交換しお互いの部屋を行き来して、「好き」と言っては抱きしめ合い、甘え合い、キスして、触り合っていた。
けれど若い彼の燃え盛る本能はいつも女の肉体を求めていた。ぼくという例外がいてもそれを止めることなど到底できずに、ついに彼は人生で初めての彼女を作った。けれど彼はぼくに決してそれを教えてはくれなかった。ぼくはそれを裏切りだと憎んだし、彼もそれが裏切りに当たると知っていたから、ぼくに何も言わなかった。2人が最も幸せになる道は2人が会わないことだと悟り、ぼくはもう彼の部屋に行かないことを決めた。
心が引き裂かれそうになりながらも4ヶ月間、彼に会わないように努力していたけれど、そんな努力も彼から2通のメールが来ただけで無意味に帰してしまった。大好きな彼から部屋に来てほしいと求められることで、ぼくのどんな決心も努力もいとも容易く崩壊してしまうのだった。ぼくは彼に「他の人にも好きって言ってるならちゃんと教えてほしい」と問い詰めた。彼はぼくに「他の人には好きだなんて言っていない。信じていいよ」と答えた。彼はいつもぼくを裏切って、ぼくは彼を信じてはいなかったけれど、それでもぼくは彼が大好きだった。彼がぼくのことを好きだと言って抱きしめてくれるだけで、ぼくの心は少しずつ満たされていた。
けれどそれすら嘘だったことが、クリスマス近くになって彼から明かされた。彼はまだ彼女と付き合っているから、24日は一緒に過ごせないことをぼくに告げた。ぼくは何度裏切られても、何度嘘をつかれても、彼を嫌いになることはできなかった。そして彼はずっと欲しかった女の肉体を手に入れてもなお、無意味にぼくのことを求め続けた。
・彼は幸せになれないはずのぼくの人生において、唯一の希望の光だった
本当は彼のことを嫌いになりたかった。けれどぼくにとって彼は、唯一の光だった。同性愛者として生まれたぼくは、他の人のように普通の幸せを手に入れることはできないと幼い頃から覚悟していた。ぼくは自分が幸せになれない人間だと感じていた。好きな人には絶対に好きだと言われない人生だと思った。愛した人には愛されない人生だと信じていた。けれどそんな自分にかけた呪いを、突然ぼくの前に現れた彼は解いてくれたのだった。
大好きなノンケの彼がぼくを好きだと言って抱きしめてくれた。愛していると言い合ったり、キスしたり、お互いにまだ誰にも触られたことのない果実を触り合った。彼は呪われたぼくの人生に与えられた、たったひとつの奇跡だった。暗闇に閉ざされたぼくの生命に注がれた、たったひとつの希望だった。彼がいなくなったら、人生の全ての幸福を諦めなければならないような気がした。けれどもう彼は、本能という名の野性の荒野へと走り出してしまった。その先にぼくの肉体が横たわっているはずもなかった。もう彼がぼくの元へと戻ってくることはないだろう。
神様によって、ぼくの生命に彼という唯一の光はもたらされ、そして神様によって、たったひとつの光を奪い取られてしまった。それによって彼と出会うことがなかった場合の人生よりも、もっと巨大な絶望感と喪失感と虚無感が一気に生命に向かって注がれて、ぼくは息ができなくなり、自分が生きているのか死んでいるのかさえわからなくなった。きっともう、心は死んでいた。ただ肉体だけが生き残っていた。それならば最初から、希望の光なんて与えられない方がよかったのに。
自分は幸せになることはないんだと、悲しいくらいに覚悟した幼い背中を覚えている。もはや幸せになることを諦めて、それでも必死に前だけを見て進もうとする泣きかけの少年に向かって、神様は気安く希望の光を解き放ち、少年がもしかしたら自分でさえも幸せになってもいいのかもしれないと、少しだけ生きていく望みが芽生え始めた頃に、すぐさま希望の光を少年からことごとく奪い取り、少年は希望の光を見ることのなかった日々よりも、もっと深い孤独の人生を歩まなければならなくなった。
なぜ神様はすぐに奪うくせに、少年に希望の光を与えたのか。少年は自分が幸せになれないことを、悲しくても自分に必死に言い聞かせ、生命の底から自覚していた。幼い無邪気な少年の胸の中には本来ならば幸せな未来や、たくさんの夢や、抱えきれない希望が抱かれていたはずなのに、少年の心は絶望と孤独で全て満たされていた。それだけで少年の不幸は十分ではなかったのだろうか。それ以上にどうして、小さな胸にもっと濃厚な絶望と孤独を追加する必要があったのだろうか。それも希望の光という、一見幸福を運んでくれるかのように見える卑劣な罠を仕組んで。少年の心にいくつもの血を流させて、少年の心をことごとく滅ぼして、少年をこの世の者ではなくして、神様はそれで満足だったのだろうか。
なぜすぐに奪うくせに、少年に希望の光を与えたのだろう。
・水色の少年と神との戦争
水は高いところから低いところへ流れて、川を生み出す。
空気は重いところから軽いところへ流れて、風を生み出す。
精液は男から女へと流れて、子を生み出す。
それは神様が考えた、絶対的な自然の摂理だった。けれどそんなものに従っていては、ぼくは幸せになれなかった。せっかくこの世に生まれたからには、幸せになりたかった。自分だって生まれてきてよかったと言いたかった。自分は生きていてもいいんだと自分を抱きしめたかった。
だから神様に反逆した。鮭が冷たい川の流れの中を傷だらけになりながらも必死に遡上するように、ぼくは彼へとたどり着いて、そして彼に好きだと告げた。本来ならばそこで、ぼくは死ぬはずだった。せっかくたどり着いた境地においてさえ、彼から拒絶され、彼から否定され、彼から隔絶され、生まれてきた意味も知らないまま海の藻屑となるはずだった。
けれど彼はぼくを抱きしめてくれた。ぼくを愛していると呟いてくれた。ぼくにキスをしてぼくを受け入れてくれた。お互いを触り合って同じ肉体を確かめ合った。全ては起こるはずのない出来事だった。水が低いところから高いところへ逆流して、不思議な洪水を引き起こしたようだった。風が軽いところから重いところへと舞い上がり、荒れ狂う未曽有の嵐をもたらしたようだった。どう考えても女の肉体だけを愛するはずの彼が、ぼくの目を見つめて何度も好きだと告げてくれた。
それは超越であり、遡上であり、反逆だった。ぼくを不幸にするために、他人とは異なる性質をぼくへと植えつけた神への復讐だった。何を植え付けられようとも、幸せになろうと思った。どんな運命を仕組まれても、意思の思い通りにはならないと誓った。彼がぼくに好きだと告げた時、ぼくは憎むべき神を滅ぼし、そして勝ったと確信した。
・神様は水色の少年を殺した
けれど実際にはぼくは神の鱗のほんの一枚さえ、剥がれ落とすことができずにいたのかもしれない。一時的な幸福をもたらされた後で、少年の胸にかすかな希望が芽生え始めたところへ、この世の全ての絶望と孤独が一気に注ぎ込まれて、少年の心は息もできずに死亡した。
水色の少年はただ、生まれてきたのだから幸せになりたかった。この世に生まれてきたのだから、生まれてきてよかったと言いたかった。この世に生まれてきたのだから、生きていてよかったと感じたかった。この世に生まれてきたのだから、生きていてもいいんだよと自分を抱きしめてあげたかった。何ひとつ叶わないまま、神様は水色の少年を殺した。
少年は難しいことなんて望んでいなかった。少年はありえないことなんて願っていなかった。ただみんなと同じように生きて、みんなと同じように笑いたいだけだった。なぜ神様はすぐに奪うくせに、少年に希望の光を与えたのだろう。
・大学時代のぼくの2番目の恋について
・ぼくの高校時代の初恋について
・同性愛について