矛盾の中でこそ、生命は光り輝く。
ノンケの親友と愛し合いながら、彼は同性愛と異性愛の狭間で不安定にもがき苦しんでいた
目次
・ノンケの親友と「好きだよ」と言って抱きしめ合える矛盾の海
大学時代、片思いしていたノンケの親友に「好きだよ」とささやかに告白したら、彼の方からも「好きだよ」と言ってくれるようになった。ぼくたちは会うたびに「好きだよ」と言葉を交わし合い、抱きしめ合い、お互いに甘えた。手を握ったまま同じベッドの上で寝て、まだ誰にも触れられたことのない果実をお互いに衣の上から触り合って遊んだ。熱く脈打ちながら濡れている果実を、からかい合いながら恥ずかしさで顔を隠した。全ては2人しか知らない秘密だった。
ぼくたちは明らかに普通の親友の関係ではなくなっていた。けれど彼が女性の肉体を求める男の子であることもまた、明らかなことだった。彼の部屋の本棚にはいくつもの男性用のエッチなDVDが並べられていた。携帯の中には女性の裸体がいくつも保存されていた。彼がノンケであることは紛れもない事実だった。彼がノンケであるということとぼくたち2人の秘密の関係が両立しているこの世界は、矛盾しながらいつか崩壊してしまうのではないかと恐れた。
けれど矛盾があるからこそこの世界は美しい。論理的には説明のつかない、合理的では決してない、損得勘定に当てはまらない現象が目の前に立ち現れるとき、ぼくたちはむやみやたらと生命の奥深さと不思議に圧倒されて心から感動してしまう。ぼくは彼の中に潜む矛盾を尊いと思った。矛盾を否定することで命題を否定する数学の背理法に背いて、ぼくは彼の中に宿った矛盾を神聖なものとして受け入れた。ぼくが彼を抱きしめるとき、それはまた彼の中にある大いなる矛盾を抱きしめることでもあった。ぼくは彼のほんの一部でも否定することができなかった。いつか彼の矛盾に魂が引き裂かれ、この世で生きることができなくなっても、後悔しないとぼくの根源の炎が渦巻いていた。
・ぼくたちは「好き」の意味を問いかけることをしなかった
ぼくたちは「好き」という意味を問いかけることはなかった。問いかけるまでもなくお互いに伝わっていると信じていた。語り合う言葉の陰影に、抱きしめ合う思いの強さに、触り合う果実の潤いに、「好き」という言葉のすべてが閉じ込められて宿っていた。その意味を問いただすことはこの2人の神聖な秘密の冒涜のようにも思われたし、また野暮であるようにも映っただろう。
ぼくたちは「好き」という言葉について何も語らなかった。ただ自らの根源から清らかな水が春の中に湧き出るように、その言葉を紡ぎ合っただけだった。けれどその意味について語らなかったことにより、彼は不安と恐れの中、ときどきぼくを遠ざけようとした。
・ノンケの彼は正常と異常の間を不安定にもがき続けた
彼は今までに住んでいた異性愛という「正常」と、突如として訪れた同性愛という「(彼の中での)異常」の狭間を行き来し、不安定に苦しんでいるように見えた。ぼくと迷い込んでしまった異常な世界から、彼はときどき逃れようともがいていた。ぼくと共に秘密を交わす時にはただ春の中にいても、彼には当然のように正気に戻る瞬間が訪れていた。彼の言うことが不安定になるたびに、ぼくの心も乱されていった。
ある日彼は突然「好きって言葉、変な意味だったら困る」とぼくに言い放った。不意打ちされて、これまでの全部が壊れてしまったかのように思えた。「好き」という言葉について当然のように語ってこなかったことを利用して、彼は「好き」という言葉をすり替えようとしていた。「じゃあこれまでどういう意味で言っていたの?」とぼくが尋ねると、彼は「普通に友達として」と返答した。
そんなわけないことはどう考えても明らかだった。彼だって2人の関係が普通の友達と見なせないことは分かり切っているはずだった。だけど彼は「普通の友達」で押し切ろうとしていた。自分の中から異常な成分を取り除き、正常な自分へ戻ろうと企んでいた。ぼくたちの秘密は2人の共犯だったのに、ぼくだけを異常な世界に置き去りにして彼だけどこか遠くへ逃げ去ろうとしていた。
ぼくは彼の態度も仕方のないことだと諦めたけれど、2人の関係が「変な意味」と呼ばれたのがとても悔しかった。2人で交わし合った「好き」という言葉は、決して「変」とか「異常」とかいう決めつけで片付けられて見下されるようなものではないと信じていた。むしろその逆の、超越を伴う尊い言葉だと受け止めていた。ぼくはその神聖な超越の言葉を、彼が自分だけを可愛がり守りたがるために穢したことが許せなかった。ぼくは悲しくなって彼の部屋を出た。彼だけが正常な世界へと逃れて平和に暮らし、ぼくだけが異常な世界で取り残されて、孤独に苦悩することさえ彼は厭わないのだと知った。彼には、2人の尊い秘密を共犯にする覚悟がなかった。
・淡い光が降り注ぐ春の楽園がいつまでも終わらぬよう
彼の中の恐れや不安が薄まれば、ぼくたちはまた春の中へと舞い戻る。ぼくたちは「好き」と交わし合うたびにその意味を分かち合い、もはや「変な意味」などと言えないほどにお互いの思いを知っていった。
彼がぼくに「好き」って言うと、ぼくは「どのくらい?」と尋ねた。彼は「このくらい」と言ってぼくを強く抱きしめてくれた。痛いくらいだったけれど言葉で伝えてほしかったぼくは「そんなんじゃわかんないよ」と笑った。彼はぼくに「本気で好き」と答えた。
もしもこの恋が罪であるというのなら、2人で分かち合いたい。彼はいつでも正常な世界へ逃げることができるけれど、ぼくは彼以外を好きになることなんてできなかった。彼がいなくなれば、ぼくはこの世界でひとりぼっちになってしまう。もう誰にも出会うことができなくなってしまう。ぼくはひとりぼっちになってしまうのが怖かった。彼から離れてしまうことはそれよりもはるかに冷たい。ぼくは淡い光が降り注ぐ春の楽園が、いつしか終わってしまわないことを祈った。彼がごまかさずに「本気で好き」と言ってくれた言葉を、ぼくは胸の中で大切に大切に抱きしめていた。
・ぼくの高校時代の初恋について
・同性愛について
・大学時代の2番目の恋について