思春期のゲイが抱える孤独と絶望とは?成績学年1位で優等生のぼくが不登校になったのは同性愛が原因だった

 

思春期のゲイが抱える孤独と絶望とは?成績学年1位で優等生のぼくが不登校になったのは同性愛が原因だった

・成績学年1位で優等生のぼくは、高校時代に不登校を経験した
・ぼくは高校時代に同じクラスの同級生の男の子を好きになり、自分がゲイであることを悟った
・ノンケへの叶わない片思いと同性愛の悩みが、ぼくの心を孤独と絶望でいっぱいにした
・思春期のゲイが抱える孤独と絶望が、ぼくを不登校へと追い込んでいった
・不登校はゲイである自分の心を守るために必要な選択だった
・学校へ行くよりも重要なことは、今を生き延びて未来を生き抜く力を養うこと

・成績学年1位で優等生のぼくは、高校時代に不登校を経験した

ぼくは中学高校と勉強が得意だった。なぜ得意だったのかと聞かれてもよくわからないが、自分の中では物事を突き詰めて考える性格が学問を深めるのに役立ったのではないかと感じている。世界の仕組みを知ったりさまざまなことを多面的に考察するのが好きだったので勉強が嫌だと思ったこともなく、逆に勉強が苦だと言う人の気持ちがあまり理解できなかった。中学高校の定期試験ではほぼ全ての科目で最高得点だったし、総合でも6年間ずっと学年1位をキープしていた。

学校という施設の最大の目的は学問を修めることなので、学問が得意だったぼくは勉強をしっかりと頑張っている理想的な優等生だと思われていた。学校では成績が優秀だと模範的な生徒として賞賛されるし、学校を休むこともなく友人関係も良好なぼくは問題のない学生生活を送っていると信じられていた。しかしそんな優等生のぼくが高校3年生の時に学校をよく無断で休むようになってしまった。その理由は学校へ行くのが苦しくて苦しくてたまらなくなってしまったからだった。ぼくは当時、同じクラスの同級生の男の子に恋をしてしまっていた。

 

 

・ぼくは高校時代に同じクラスの同級生の男の子を好きになり、自分がゲイであることを悟った

ぼくが彼を好きになったのは高校2年生の時だった。クラス替えをして初めて彼と同じクラスになって、勉強を教えたり戯れて遊んでいるうちにいつの間にか心が惹かれていた。それがぼくの初恋だと気づくのに時間はかからなかった。最初は自分が男なのに同じ男を好きになってしまったという、自分が同性愛者(ゲイ)だったことに対する戸惑いが特にあるわけではなく、ただ彼のことが大好きで好きになれて嬉しいという感情があるだけだった。背の高い彼は背の小さなぼくを膝に乗せてくれたり、おんぶしてくれたり、可愛いと髪を撫でてくれたりして、その度にぼくは幸せを感じてさらに彼のことを好きになっていった。高校からの帰り道でたまたまバスの中に2人しかいなかった時には、一番後ろの広い席で彼に膝枕をしてもらって髪を撫でながらぼくのことを慈しんでくれた。

ぼくが同性愛者(ゲイ)だと気付いたきっかけは高校2年生の初恋だった

ゲイからノンケへの初恋は誰にも言えない分、純度の高い宝石となって残る

純粋なゲイのぼくは同級生の男の子にそんな風に優しくされるだけで簡単に好きになってしまったけれど、一方で彼の方はというと当たり前のように女の子が好きなようだった。他の友達と交わしているエッチな会話は思春期の男子高校生に典型的な内容だったし、彼が男の子を好きになりそうな形跡はどこにもなかった。つまりそれは、ぼくが彼を大好きであるように、彼もぼくを好きになってくれる可能性が限りなく0に近いことを意味していた。ぼくはこんなにも彼のことが大好きなのに絶対に彼と結ばれることはないのだという残酷な運命を思い知ることで、誰にも相談することもできずに次第に孤独な深い闇の中へと心が沈み込んでいくのを感じていた。

ぼくが恋愛として彼を好きなことを彼も感じ始めたのか次第に彼はぼくに冷たくなり始め、ぼくとは別の友達と付き合う時間が増えていった。ぼくは彼と過ごした初恋の時間がこれまでの人生でないくらいに幸せだった分、それを喪失してしまったギャップに耐えられずに心が壊れそうになっていくのを感じた。

 

・ノンケへの叶わない片思いと同性愛の悩みが、ぼくの心を孤独と絶望でいっぱいにした

思春期のゲイのぼくが辛かったのは、自分は叶うことがない恋愛で心が壊れそうなほどに悩んでいるのに、男が男を好きになったなんて絶対に知られてはならないと思い込み、心では張り裂けそうなくらいに泣いているのに日常生活では何の悩みもないかのように普通に楽しそうな笑顔でふるまわなければならないことだった。自分の心の中で泣いている本当の自分が、世の中に向かって笑っている偽物の自分を無理して作り出さなければならないことに疲弊し、誰にも見られることがない家のお風呂で毎日孤独に泣くことでしか自分を保つことができなかった。

異性愛者(ノンケ)への初恋を経験したぼくはこれから先もこんな風に人を好きになったとしても、相手が男である限りノンケである可能性がかなり高いので、普通の男女の恋愛のように好きになってもらったり、付き合ったり、結婚してずっと一緒にいることはできないんだなぁと思うと、これから先どうやって生きていけばいいのかわからなかったし、自分が何のために生まれてきて何のために生きていくのかもわからなくなっていった。ゲイの男子がどのように幸せになっていけばいいのか、そのお手本や参考になる人生が、異性愛者に支配された世界の中では見つからず、途方に暮れて自分は幸せにはなれない運命にあるのだということを高校生ながらに覚悟した。

好きになった人に好きだと言ってもらいたかった。好きな人に好きだと言ってもらえる幸せを知りたかった。生きていれば、大人になれば、そんな幸せは当たり前のように手に入るはずだと信じていた。けれどゲイとして生まれてきたぼくにはそんな資格がなかったのだと、ぼくは初恋を通して思い知った。みんなには当たり前のように与えられる幸せが、ぼくには決してもたらされないことを悟った。どうしてぼくにだけは普通が与えられないのだろう。みんながもらえる幸せをどうしてぼくだけはもらえないのだろう。誰も苦しむ必要のない孤独にどうしてぼくだけが苛まれるのだろう。どうしてぼくだけが普通とは違う人間に選ばれたのだろう。毎日たくさんの「どうして」の言葉が、頭の中に浮かんでは消えていった。そして天に向けられたその問いかけに、誰一人として答えてくれる者はいなかった。

そんな偽りと迷いの日々に次第に心はすり減り、高校生のぼくはやがて限界を迎えつつあった。

好きな人に好きと言われない運命!ゲイのぼくは日常生活で普通の恋愛ができないことを悟った

 

・思春期のゲイが抱える孤独と絶望が、ぼくを不登校へと追い込んでいった

叶わない初恋への絶望と、それにより発覚した自分が男を好きになる同性愛者であるという事実、そして同性愛者としてどのように生きれば幸せになれるのか全くわからない孤独感が積み重なり、ぼくは高校へ通うのが難しくなっていった。最も大きな理由は、大好きな彼の顔を見るだけでもつらいということだった。ぼくにはもう優しく接してくれない彼が、他の友達と仲良くしているのを見ているだけでも心が締め付けられる思いがした。彼の声を聞くだけでも泣きそうになっていたので、本当に心が不安定になっていたのかもしれない。ぼくは大好きな彼や、彼への想いが絶対に叶わないこと、自分が同性愛者であるという自分には背負い切れない運命の重荷から逃げたくて、高校へは行かずに塾の自習室に向かった。

ずっと真面目に学校に通っていたぼくがそのような不登校の態度を取るなんて自分でも意外だったが、そのようなことを考える余裕もないほどにぼくの心は切羽詰まっており、一刻でも早く自分を安全な場所に逃がしてやらなければならないという無意識の中の決断だった。誰もいない塾の自習室でぼくは人知れず泣いたり、学校の勉強や受験勉強をしたりして過ごしていた。勉強をすることは生きるという過酷な運命に比べてなんて楽なのだろうと思わずにはいられなかった。上記にも書いたぼくが勉強を苦だと言う人の気持ちがわからないという本当の理由はここにある。他人とは異なる過酷な運命を背負いながら人生を生きることに比べたら、勉強をする苦しみなんて本当にあってないようなものだと感じられるほどに微小だった。

真面目で優等生なぼくは不登校を繰り返しながら、学校へ行かないことで大好きな彼に会わない日を作り自分の心を整えてから、なんとかかろうじて高校へと向かう日々が続いた。学校へ行ってもぼくは自分自身の心が壊れてしまわないよう、誰とも一緒に帰らないで不安定な心を抱え込みながら、1時間半かけて高校から塾の自習室へと歩いて帰った。どうにもならない運命を引き受けてしまった時、誰も答えてくれない悲しい問いかけが延々と頭を支配する時、叶わないと分かりきった初恋の悲しみをうけとめられない時、男を好きな同性愛者であるということを誰にも相談できなかったぼくは、ひとり孤独に歩くしか方法がなかった。歩くという行為はそのいずれの問題を何ひとつとして解決してくれるわけではなかったが、何だかどうしようもない悲しみや怒りや苦しみが少しだけ天にとけて消えていくような、そんなささやかな救いの感覚をぼくにもたらしたのだった。

ノンケに恋してつらかった高校時代、ぼくが心を癒す唯一の方法は「歩く」ことだった

無断で学校を休むことでぼくは先生や親に叱られるかと思ったが、何ひとつ指摘を受けることはなかった。無断の不登校なのに学校から親に連絡がいかないということがあり得るのだろうか。よくわからないが何かあったら質問してくるような親なのに何も聞かれなかったということは、本当に学校から何の連絡も行かなかったのかもしれない。

 

・不登校はゲイである自分の心を守るために必要な選択だった

今高校時代をふりかえって思うことは、高校生の自分はきちんと自分を守る行動を取れていたのだなということだ。学年1位の真面目な優等生だからといって、心が滅されるほどに苦しいのに無理して学校へ通っていたら、そのうち本当に精神を壊して病気になっていただろう。ぼくは不登校になっても、不良のようになってしまっても、自分自身を守護する決断をした。それは非常に聡明な英断だったと、絶望に打ちひしがれながらも必死に生き抜いていた幼い自分を褒め称えてやりたい。真面目になるべき時は真面目にふるまい、真面目になるべきではない、ここで真面目にふるまっていては自分自身を徹底的に傷つけることになると直感的にわかってしまった場合には、他人や世の中の噂などふり向くことなく、不真面目な態度で潔く逃げ去る覚悟と潔さも必要だ。

何よりも大切なことは、どのような状況においても自分自身を自分でしっかりと守ってやることだ。どうしようもない絶望に支配された自分自身を、時間はかかるかもしれないけれど、方法が見つかるかもわからないけれど、何とか自分の力で救ってやるための最善の努力と決断を惜しまないことだ。終わりなき悲しみを注ぎ続ける自分自身の絶望的な運命を、他人や世の中は決して解決してはくれない。自分自身の純粋で特別な運命ならば、どんなに傷つきながらでも、どんなに打ちひしがれながらでも、たとえこの一生の中で救われることはなくても、あらゆる魂と輪廻の旅路を乗り越えて燃え盛るように生き抜いた時、いつの日か自分自身の力で救済の鍵を見出すだろう。

 

 

・学校へ行くよりも重要なことは、今を生き延びて未来を生き抜く力を養うこと

そしてぼくが重要だと感じるのは、不登校の本当の理由をぼく以外の誰ひとりとして知らなかったという事実だ。その理由は明確で、ぼくは自分が男を好きになる男、すなわちゲイであることを誰にも言えずに悩んでいたからだ。誰にも言えなかったのだから、本当のぼくの姿を誰も知らなくて当然だろう。真実は他人や世の中の知らないところにあり、それは誰も立ち入ることのできない自分だけの大切な聖域だった。その秘密の聖域を守るためにぼくはもがき苦しみ、守ろうと必死になればなるほど孤独感は増すばかりだった。ぼくは自分が同性愛者であるという秘密を守るべきだったのだろうか、守るべきではなかったのだろうか。その答えは定かではないが、高校生のぼくにとっては自分が生き延びていくためには、その秘密は決して誰にも侵させてはならない聖域だと思えてならなかった。

ぼくは無断の不登校について、先生や親から何ひとつ聞かれることがなかった。しかしもしも尋ねられたとしても、本当のことは何ひとつ答えなかっただろう。もしかしたら自分の最大の秘密を共有して、一緒に悩んでもらったりアドバイスをもらった方が楽だったのかもしれない。しかしぼくは楽な道を選ばず、孤独に自らの運命に立ち向かう旅路を選んだだろう。もしも原因不明な不登校の子供たちがこの世にいたとしても、それはぼくのように自分自身を必死に守るための本能的な戦略なのかもしれない。この先をなるべく長く生き延びるように、心が滅されることなく生命を未来へと繋げるように、彼らがとり得る最善の方法が、学校から逃げるということだったのかもしれない。そのような場合、果たして不登校は悪いことなのだろうか。本当に不登校は悩ましい問題となるのだろうか。

彼らは自分の心と命を守るために、本能的に直感的に行動している。その理由を知りたいと願うことは当然だが、その理由を誰にも言うことができないからこそ心が壊れそうになり、絶望に打ちひしがれている可能性が大いにあることも考慮しなければならない。誰かに容易く言える事情であるならば、不登校になる前に簡単に解決できてしまっているのではないだろうか。誰にも言えないと固く閉ざしてしまった心のドアを、こじ開けることは難しい。ただ生き抜こうとする情熱や決意が彼らの心の根源に宿っているならば、彼らが誰の助けも借りずに自らの力で絶望的な運命を解決しようともがき苦しむ姿を見守るための十分な時間も必要だ。最も大切なことは、本当に学校へ行くこということなのだろうか。本当に大切なことは一時的に学校へ行けなくなったとしても、その特殊な期間を大いなる糧として、未来へと生き抜く独自の力を十分に育てることではないだろうか。

 

 

・ぼくの高校時代の初恋について

ぼくが同性愛者(ゲイ)だと気付いたきっかけは高校2年生の初恋だった

ゲイがノンケに告白したら2人の関係性はどうなるのか、実体験をもとに考察

ノンケに恋してつらかった高校時代、ぼくが心を癒す唯一の方法は「歩く」ことだった

成績学年トップだったぼくがノンケの同級生を好きになって大学受験に大失敗した話

ノンケへの初恋と片思いの終わり!好きな人と完全に離れればすぐに忘れられるというのは本当か?

ゲイからノンケへの初恋は誰にも言えない分、純度の高い宝石となって残る

 

・同性愛について

ぼくが同性愛者(ゲイ)としてブログを書こうと思った理由

思春期の同性愛者(ゲイ)が孤独を感じる7つの理由

同性愛者(ゲイ)から異性愛者(ノンケ)への片思いの恋がつらい5つの理由と、それでも人を愛することが素晴らしい理由

異性愛者(ノンケ)へ叶わない片思いをしてつらい同性愛者(ゲイ)が聞きたい中島みゆきの隠れた名曲18選

どうせ叶わないからゲイがノンケに片思いしても時間の無駄だし価値がないというのは本当か?

好きな人に好きと言われない運命!ゲイのぼくは日常生活で普通の恋愛ができないことを悟った

ゲイがノンケに恋をすることは、人がどうせ死ぬのに生きることと似ている

ゲイがノンケに告白するのは迷惑だから告白すべきではないというのは本当か?

ノンケの親友を恋愛対象として好きになることは彼に対する裏切り行為になるというのは本当か?

ゲイからノンケへ告白!男同士で告白する際の3つの危険性と、その危険を乗り越える意味

男が男に告白するコツと注意点を経験から徹底解説!自分も相手も傷つけずかろうじて穏便に告白を成功させる方法

女っぽい男は異常じゃない!男の肉体には男の心だけが、女の肉体には女の心だけが宿るというのは本当か?

同性愛者は異常じゃない!男が男を好きになることは、異常で気持ち悪くて変態的だというのは本当か?

差別や偏見や悪意!世の中で生き辛いと感じるゲイ(同性愛者)が意識すべき5つの考え方

ソウルメイトが同性だった場合は?魂同士が同性を求め合ったとき、肉体的な性という現象が尊い縁を撹乱する

ノンケは絶対に男を好きにならない?「自分は同性愛者だ」「異性愛者だ」というのは脆弱な帰納法的公式に過ぎない

ノンケは男の体に興味を持ったり発情しないというのは本当か?

あまりに同性愛的な関係性?!エヴァ幻の24話ではシンジがカヲルに告白し、裸体で海を泳ぎ、キスまでしていた

男は男を好きにならないよ!渚カヲルはなぜ男である碇シンジを好きになったのか

友情というより同性愛的?!しんのすけと風間君はディープキスするほど仲良しだった

森栄喜さん写真集tokyo boy aloneは透明感あふれる東京の街並みと男性ヌードが織りなす名作

ノンケに切ない片思いをしているゲイが見たい名作BL映画3選

少年に精液を植え付けられることがなかったら、ぼくたちは何を求め愛しただろうか

同性愛者は人を愛することによって否定される運命を背負うべきだというのは本当か?

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ