闘う君の歌を 闘わない奴等が嗤うだろう。
中島みゆき「ファイト!」の歌詞の意味を徹底解説!6人の登場人物の事情と魚の種類とは?
目次
- ・時代を経てもなお歌い継がれる中島みゆきの名曲「ファイト!」
- ・「ファイト!」の歌詞を理解するためには中島みゆきの歴史を知る必要がある
- 1人目:中卒だからという理由で仕事をもらえない少女
- 2人目:ガキだからと見下され、暴力をふるわれる少年
- 3人目:犯罪を目撃したのにそのまま逃げ去ってしまった人
- 4人目:何らかの競技に出てゆく人
- 5人目:近所の嫌がらせによって、東京に行く夢を諦めた田舎の人
- 6人目:男に力づくで襲われた女性
- ・「ファイト!」の中の魚は、おそらく「鮭」だろうとぼくが思う理由
- ・全ての闘う魂たちへエールを送る「ファイト!」のサビ
- ・中島みゆきの「ファイト!」には2つの音源ある
- ・1995年コンサートの絶唱「ファイト!」は伝説
- ・中島みゆきのその他の記事はこちら!
・時代を経てもなお歌い継がれる中島みゆきの名曲「ファイト!」
中島みゆきの名曲「ファイト!」がまた注目を集めているようだ。「ファイト!」は元々、1983年に発売された10枚目のオリジナルアルバム「予感」の最後に収録されていたアルバム曲である。時代を経てミリオンセラーの大ヒットになった1995年発売のシングル「空と君のあいだに」の2曲目にも収録された。最近ではカロリーメイトやユニクロのヒートテックのCMにも使われている。
・「ファイト!」の歌詞を理解するためには中島みゆきの歴史を知る必要がある
中島みゆきの「ファイト!」の冒頭は、こんな歌詞から始まる。
わたし中卒やからね仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は尖りながら震えている
(この記事は著作権法第32条1項に則った適法な歌詞の引用をしていることを確認済みです。)
最近初めてこの歌を聞いた人には、なんでいきなり中卒の女の子が中島みゆきに仕事をもらえないという悩み相談の手紙を送りつけてくるのか意味不明で困惑するだろう。中島みゆきの「ファイト!」を理解するためには、中島みゆきの歴史を知っておく必要がある。
中島みゆきは1979年から1987年にかけて約8年間「中島みゆきのオールナイトニッポン」というラジオ番組をやっていた。暗くしんみりした歌が多かった当時の中島みゆきの歌の中のキャラクターとは全く異なる、元気で明るくてどんちゃん騒ぎする雰囲気の「中島みゆきのオールナイトニッポン」は当時若者を中心に人気を集めたようだ。「中島みゆきのオールナイトニッポン」は基本的には明るく楽しい爆笑番組だったが、最後の手紙だけは真面目なものや真剣なものを読み上げ、それに中島みゆきがちょっとしたコメントを寄せるという流れで番組は終了していた。
つまり「ファイト!」が収録されたオリジナルアルバムが「予感」発売された1983年には、ラジオパーソナリティだった中島みゆきに手紙を送るというのはとても自然な行為だったのだ。「ファイト!」の冒頭に出てくる中卒の女の子の手紙は、まさに「中島みゆきのオールナイトニッポン」の最後の手紙だと思われる。名曲「ファイト!」は「中島みゆきのオールナイトニッポン」に送られてきた悲しみや悔しさや苦しみを抱えている人々の手紙たちに対して、中島みゆきが「ファイト!」と応え、応援するという内容だったのだ。
もちろん実際に送られてきた手紙ではない、中島みゆきがこの歌のために付け足したオリジナルのストーリーも含まれているかもしれないが、少なくとも冒頭の”中卒の女の子”の手紙に関しては、記録としてインターネット上にきちんと残っている。「中島みゆきのオールナイトニッポン」の最後の手紙で読み上げられた中卒の女の子の手紙は以下の記事で紹介している。
1人目:中卒だからという理由で仕事をもらえない少女
この中卒の女の子を筆頭に、「ファイト!」の中では悩みを抱えた人々や日々闘っている人々、不条理な仕打ちを受けて悔しい思いをしている人々が合計5人登場する。ここではその6人を1人ずつ確認していこう。
わたし中卒やからね仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は尖りながら震えている
これは先ほども紹介した、中卒だから仕事を任せられないと言われて悔しい思いをしている女の子。この女の子の手紙は、1982年5月4日に中島みゆきのオールナイトニッポンの最後のハガキで読まれたことが記録されている。手紙の内容は、中学を出てすぐに働いて2年になる17歳の女の子が、勤め先で「あの子は中卒だから事務は任せられない」と言っていたのを聞いてしまって心から悔しい思いをしているというものだった。中島みゆきはこの女の子に対して的確にアドバイスした後、最後に「ファイト!」と付け加えていたのが印象的だ。女の子の手紙全文とそれに対する中島みゆきのコメント全文は、以下の記事で紹介している。
2人目:ガキだからと見下され、暴力をふるわれる少年
ガキのくせにと頬を打たれ
少年たちの目が年をとる
悔しさを握りしめすぎた
拳の中 爪が突き刺さる
次に出てくるのは年上の人に「ガキのくせに」と暴力をふるわれ、理不尽で悔しい思いをしている少年だ。儒教思想に支配されているこの日本社会では、年上であるだけて目上で尊敬されるべき、年下であるだけで目下だと見なされ見下されるべきという悪習がまかり通っている。冷静に考えれば年齢だけでその人を尊敬するか見下すか判断するなんて思考停止の愚かなふるまいに他ならず極めて不条理だが、日本ではそれに異議を唱える人もなくこのおかしな風習は末長く残ることだろう。年下だから見下してもいいと判断し、この歌詞のように暴力をふるう人間もいるに違いない。そんな時当然、少年たちはその理不尽さに悔しい思いをするだろう。
3人目:犯罪を目撃したのにそのまま逃げ去ってしまった人
私 本当は目撃したんです
昨日電車の駅 階段で
転がり落ちた子供と
突き飛ばした女の薄笑い
私 驚いてしまった
助けもせず叫びもしなかった
ただ怖くて逃げました私の敵は 私です
次に出てくるのは犯罪を目撃したにもかかわらず、怪我をした被害者の子供を助けもせず、犯人を知らせることもなく、ただ逃げただけの自分自身に罪悪感を持っている女性だ。
もし助けたり犯人を追求したりすれば、自分が犯人に何かされるかもしれないという恐怖があったのかもしれない。自分には関係のないことなのだから、自分が敢えて関わって危ない思いをするなんて損な選択だという思考回路が働いた可能性もある。突き落とされたのは知らない子供なのだからどうなっても自分の人生には関係ないと開き直り、自分の身を守ることを優先して逃げ出したのかもしれない。しかしその時のことを未だに悩んでいるということは、どこかに後悔の気持ちがあったということを示しているのだろう。もしも自分に助ける勇気があったならと、後からふり返って自分の行動に嫌悪感と罪悪感を感じてしまったのかもしれない。
4人目:何らかの競技に出てゆく人
勝つか負けるかそれはわからない
それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて
あいつは海になりました
次に出てくるのは、何らかの試合や競技に出場する人。競技というものは残酷にも、頑張っている人々、闘っている人々を勝ち負けで判断し、分け隔てる。勝ち負けを決めるために競技に出るのだからそれでいいのかもしれないが、勝とうが負けようがそのために闘っているというその行為自体に真の価値は宿っているのかもしれない。「あいつは海になりました」という歌詞には、必死に闘い抜いたならば勝つことも負けることも等しく価値があるという祈りが込められているのかもしれない。
5人目:近所の嫌がらせによって、東京に行く夢を諦めた田舎の人
薄情もんが 田舎の町に
後足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならお前の身内も
住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにして
やっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ
滲んだ文字「東京行き」
これはおそらくオールナイトニッポンの中島みゆきに送られた手紙の内容だろう。この人は田舎から東京に出て行く予定で、東京行きの切符も既に購入済みだったが、閉鎖的な田舎の意地悪な近所の人か誰かに「東京に出ていくとはなんて薄情なやつだろう!お前が東京に出て行くのなら田舎に残っているお前の家族も住めないようにしてやる!」と脅されてしまう。つまりは東京になんか行くなと脅されたのだ。
この人は自分の家族が田舎で住めなくなってしまっては大変だと、自分の夢だった東京行きを諦めてしまう。しかし東京に出ていくのは自分にとって大きな夢だったので、切符を燃やして悔しい思いを忘れようとしても惜しくて燃やせない。そこでオールナイトニッポンをやっている中島みゆきに手紙を書き、そこに東京行きの切符を付け加えたというわけだ。すなわち「あんた」とは中島みゆきのことである。
6人目:男に力づくで襲われた女性
私 男だったからよかったわ
力づくで男の思うままに
ならずに済んだかもしれないだけ
私 男に生まれればよかったわ
最後に出てくるのは、拒否しているのに力づくで男に何かされた女性。おそらく何かいやらしいことをされたのだろう。女であるがゆえに男から狙われ、自分が女であることを憂い、こんなひどい目に遭うんだったら自分が女でなければよかったのにという結論に達する切なさは計り知れない。女であることを恨むということは、自分自身を恨むことにもつながる。被害者であるのに自分自身を憎むなんて悲しすぎる結末である。
・「ファイト!」の中の魚は、おそらく「鮭」だろうとぼくが思う理由
このように「ファイト!」の歌詞の中には、人間社会で悔しい思いをしたり、闘っていたり、悩みを抱えている人々が6人出てくる。しかし例外的にもうひとつ並列して、魚も出てくる。ここでは魚の歌詞を見ていこう。
暗い水の流れに打たれながら
魚たちのぼっていく
光ってるのは傷ついて
はがれかけた鱗が揺れるからいっそ水の流れに身を任せ
流れ落ちてしまえば楽なのにね
痩せこけてそんなに痩せこけて
魚たちのぼってゆく
ああ小魚たちの群れキラキラと
海の中の国境を超えていく
諦めという名の鎖を
身をよじってほどいていく
この魚というのは確定ではないが、十中八九「鮭」のことだろうとぼくには思われる。というのは中島みゆきは北海道出身であり、鮭の遡上を幼い頃から馴染み深く目撃しており、最近では「24時着0時発」という鮭の遡上を題材にした夜会さえ開催しているからだ。夜会「24時着0時発」は鮭の遡上と、輪廻転生の概念と、銀河鉄道の夜が混じり合った不思議で感動的なおとぎ話に仕上がっている。まさに中島みゆきの根底には、幼い頃から見てきた鮭の遡上の風景への憧憬が感じられる。
・全ての闘う魂たちへエールを送る「ファイト!」のサビ
この迷いながらも必死に生きている6人の人々と、迷いなくただひたすらに突き進む傷だらけの魚に向かって、中島みゆきは「ファイト!」とエールを送ることで、人知れず闘う魂たちを鼓舞している。
ファイト!
闘う君の歌を 闘わない奴等が嗤うだろう
ファイト!
冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ
・中島みゆきの「ファイト!」には2つの音源ある
ぼくたちが聞くことのできる中島みゆきの「ファイト!」の音源には2種類がある。ひとつは一番最初に発表された1983年発売の10作目のオリジナルアルバム「予感」のバージョン。世の中ではこのバージョンが最も有名であり、「ここにいるよ」「大吟醸」「Singles2000」などのベストアルバムに収録されているのもこのバージョンだ。
もうひとつは2007年のコンサート「歌旅」で歌われたコンサートバージョンである。こちらは瀬尾一三によるアレンジであり、現代の中島みゆき的で聞きやすく、伸びやかなボーカルと慈悲と怒りの感情が混在しているような力強い歌唱が印象的だ。
・1995年コンサートの絶唱「ファイト!」は伝説
公式の音源は2種類しかないが、インターネット上ではたまに1995年のコンサートを録音した荒い音源が出回っている。この1995年コンサートの「ファイト!」こそ、ぼくが今まで聞いた中で最も心ふるわされる歌唱である。
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