中島みゆき自身が「EAST ASIA」について語ったこと

 

“世界の場所を教える地図は誰でも自分が真ん中だと言い張る”

中島みゆき自身が「EAST ASIA」について語ったこと

・東洋的なEAST ASIAの世界

1992年に発売された中島みゆきの20枚目のオリジナルアルバム「EAST ASIA」は名作である。そしてまたそのアルバムの一曲目の「EAST ASIA」も名曲と言えるだろう。

“降りしきる雨はかすみ 地平は空まで
旅人ひとり歩いていく 星をたずねて”

その歌い出しからして今までの中島みゆきの曲とはなんだか違う、神秘的な水彩画のような情景が思い浮かぶ。まるで若い頃の感受性の高い荒井由実のような絵画的な歌詞である。まさに東アジアのような湿潤な風土が、目の前に自然と浮かんでくる。

湿潤な風土と気候により、霞んではっきりと風景が見渡せないようにな抽象的に広がる世界の中に、ぽつんと旅人の姿がひとつ見える。そしてその情景のように、“具体的”という言葉からは大きくかけ離れた歌詞の世界が展開される。

“国の名はEAST ASIA 黒い瞳の国
難しくは知らない ただEAST ASIA”

このようなサビの歌詞の中には、明らかな国家には属さない、大雑把にはわかるけれどものすごくはっきりとはわからないような、曖昧で抽象的な存在としての旅人の姿が映し出されているようだ。そしてCメロの箇所で、歌は本質をついてくる。

“世界の場所を教える地図は誰でも自分が真ん中だと言い張る
わたしの国をどこかに乗せて 地球はくすくす笑いながら回ってゆく”

明らかな国の名を旅人は知らないが、そんなことはたいして重要な問題ではないのだ。普通の人間社会では、あなたはどこの国出身ですかと問われて答えられないなんておかしな人間である。

しかし国家とは常に移り変わっており、どのような国家も自分がいちばん真ん中の中心的・絶対的な存在だと思い込んでいるが、この丸い地球上ですべての国家がそのように思っているということは、すなわちふさわしい中心など、この世界にはないことを意味している。

どのような国の人であろうとも、心がどこに属していようとも、そんなはっきりとした明確な国の名も姿も、モンスーンの吹く東アジアの湿潤な霧の中に紛れ込んでかき消されてしまうことだろう。明確な国の名など本当は存在しないのではないか。

“モンスーンに抱かれて柳は揺れる
その枝を編んだゆりかごで 悲しみゆらそう”

西洋的な国境線の概念によりはっきりと与えられた国の名を具体的に覚えることよりも、属することを手放した旅人のように、ただぼんやりと霞んだ東アジアの風土の霧の中に消えて生きるように、旅を継いでいくことが、アジアの東洋的人間として自然な真実の生き方なのかもしれない。

 

 

・天安門事件とEAST ASIA

この歌は中島みゆきが中国の「天安門事件」に関して歌っているという見方があるようだ。天安門事件とは、1989年に北京の天安門広場で民主化を求め学生たちがデモを起こした際に、中国人民解放軍が彼らを多く殺戮した事件であるらしい。

“どこにでも住む鳩のように地を這いながら
誰とでもきっと合わせて生きていくことができる

でも心は誰のもの 心はあの人のもの
大きな力にいつも従わされてもわたしの心は笑っている

こんな力だけで心まで縛れはしない”

ぼくは、中華人民共和国というのはfacebookもtwitterもできない情報統制されている国家というイメージがある。それゆえに中国人というのは、旅の中で話していても世界の誰もがわかる話が通じないことが多々ある。

たとえばポケモンなどは大概世界中で誰もが知っているのに、ロシアのムルマンスクで、医者であるところの高学歴で国際的な中国人3人と食事をしたときにも、ポケモンもピカチュウも知らないというので驚愕した。彼らが代わりに、今は中国でこれが大流行よと言って見せてくれたものは、見たことも聞いたこともないようなカエルのゲームだったので、なんだか中国は近いのに遠い不思議な国だなぁと強く感じた。地理的には近いのに、情報統制のせいか情報が国際的ではなく孤立しているといった印象だ。

そんな風に厳しく情報統制されている国だから、当然国家による殺人である「天安門事件」も検索を制限され、その情報を見られないようにされているに違いないと考えていた。それゆえに中国人は天安門事件という名前すら知らないと思っていたのだ。

しかしながら、ぼくはウィーンの宿で部屋が一緒になった中国人と仲良くなって、いろいろな話をしていた。中国はfacebookとかいろんなサイトが使えなくて不便だね、きっと国家が国民に知られたくない、制限したい情報があるのだろうねと話していると、その中国人はおもむろに、中国という国家は昔人々をトラックで轢き殺したことがあるんだと語り出した。最初は何ことを言っているのかと思ったらまさに彼は天安門事件のことを語っていたのだ!

ぼくは驚いた!普通に一般的な中国人の彼も天安門事件のことを知っていたのだ!彼によると、彼の友達が絶対に他の誰にも言うなと念を押された上で、天安門事件の残酷な動画を見せられたらしい。しかしそんな様子なら、結構他の中国人も知っているのではないかと思ってしまった。他の誰にも言われて他言しない人々がいったいどれほどいるだろうか。現に彼はぼく教えてしまってる。

彼は会社で働いていたが、転職するのでその間の空白期間にヨーロッパ旅行をしているというごく普通の青年だった。中国人男性というのは“純朴”というイメージがぼくの中では強く、情報が遮断されているからか国際的な流行から遠い様子が、逆に新鮮で好印象をもたらした。しかしそんな彼も、部屋のひとりの青年が台湾人だとわかるとぼくに「台湾人というのは存在しないんだよ。台湾は中国の一部だからね。彼はそれを知らないだけだよ」とぼくに教育することを忘れなかった。

中国人というのは台湾人がいると、必ず「台湾は中国の一部だ」と言うことを忘れない。日本人のぼくにそんなこと言われても何もできないのだが、とにかく聞いていなくてもそのように言及する中国人は多い。そのように国の中で教育されているから“台湾人”という不思議な存在を見ると、他国の人に言わずにはいわれないのだろうか。

ぼくたちは一緒に宿のキッチンでご飯を作ったり買い物に行ったりして交流を深めた。中国人というのはどこでも生きていく適応力を持っているイメージがあり、宿のキッチンなどでも手際よく何種類もの夕食のおかずを作ったりできるのを見てとても感心していた。男女ともにそのような食事を作る能力があるから驚きだ。しかし彼はまったく料理を作れず、ぼくが指示してふたりで作る形となった。

今思えば彼にその時中島みゆきのEAST ASIAを聞かせてあげればよかったと後悔した。中島みゆきの歌は中国でも多くカバーされていて有名であるし、もしも聞かせたならば彼もその美しい東洋的なメロディを気に入っただろう。それが中国の自由のために立ち上がった人々のことを思って作られた歌詞だということを伝えたならば、彼は何を感じただろうか。彼とは連絡先も交換し損じてしまったので、もはや一生会うことはないだろう。

 

 

・中島みゆき自身が「EAST ASIA」について語ったこと

中島みゆき自身が曲「EAST ASIA」について語ったものには以下のようなものがある。

 

中島みゆき:日本で習う世界地図は、真ん中に日本があるでしょ。ところがフランスに行って地図を広げると、日本はないのね。後ろのほうにゴミにようにチコっとしか描いてなくて、そんなもんかなあっていう感じ(笑)。

フランスの人から見れば、こっちのことをEASTだって言うわけでしょ。でも日本の地図をパカっと開けば、EASTはアメリカ(笑)。で、アメリカの地図を広げると、今度はアメリカがど真ん中で、EASTの国はどこって言ったら、フランスになっちゃうわけでしょ。いいかげんなもんよね(笑)。じゃあ、回っている地球でEASTってどこって言える、っていうような、感じがするのね。

ASIAという言葉を使ったのは、フランスやイギリスから見たときに、日本も中国もそんなに差はないだろうと。わしらから見たって、スウェーデン人とフィンランド人の差はわからんぞ、っていうようなね(笑)。そういうええかげんさみたいなね。そこに国境線を引くのはなんか笑っちゃうぜ。そんなこと言ってていいのっていう感じ。もちろんアイデンティティは必要だし、責任もあるけど、そこだけに凝り固まっているものを考えていられないというか…。

女の視点で考えたときに、女ってどこの国に言っても、結構生きてくでしょ。海外転勤で外国に行って、日本食でなきゃ嫌だって言って、ノイローゼになるのは、男の人が多いんですって(笑)。ところが女は、地元のなんだかわからんものでも「あら、けっこういけるわよ」って食べちゃう(笑)。そういうとこってあるわけ。

男の人はタテマエで生きなきゃなんないところが多いから、ここに線が引いてあって、わたくしはここで立ち止まらなければ、ってぶつぶつ言ってる目の前で「ほら。ふんじゃったあ」みたいなことを、女がやったっていいんじゃないかとね(笑)。

男の人たちが、理念で自分を縛っちゃっているときに「いいじゃない」でもって壊しちゃう力って、女がひとつ持ってたっていいんじゃないかと思うのね。あ、略奪とかっていう意味で言ってるんじゃないよ。それじゃ、クウェートを襲っただれかさんみたいじゃないの。えっ?こういう会話アブナイ?

撮影なんかで外国に行き来するようになって、向こうの人から「あなたはどこの人?」「中国人?」って聞かれたときに「いえ。日本です」と言うと「ああ、日本。どこにあるの?」みたいなことがよくあった。そういうときに実感として、あれーっ、日本って真ん中にあるんじゃなかったんだっけと、日本の位置について、改めて考えさせられたりとかしたからかもね。

今回のレコーディングに関わったアメリカ人は、わりとこの曲が好きだと言う人が多かった。わかりやすいんじゃないかしら。日本的な情の世界を描いた歌だと、なんかようわからんという人もいるけど、この曲はわかりやすいみたい。

 

 

 

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