ゲイ男子がノンケ男子とイチャイチャするための具体的な方法を経験から徹底考察

 

ゲイ男子がノンケ男子とイチャイチャするための具体的な方法を経験から考察する

・ゲイ男子とノンケ男子がイチャイチャすることは果たして可能なのか?
・まずは軽いスキンシップで様子を見る
・2人きりの時に膝枕や髪を撫でてもらって甘えてみる
・試しに「好きだよ」と呟いてみる
・お互いに触り合って幸福と快楽を共有する
・キスを2人の秘密の習慣にする
・重要なのはひとつひとつ丁寧に段階を踏むこと
・魂が惹かれ合っていれば誰に教えられなくても結び付く方法を知っている

・ゲイ男子とノンケ男子がイチャイチャすることは果たして可能なのか?

ノンケであろうとゲイであろうと、男子なら好きな人とイチャイチャしたいという欲望を持っている。

ノンケ男子の場合なら好きな女の子とイチャイチャしたいという願いは、叶う可能性もそれほど低くないだろうし本人の頑張り次第かもしれないが、ゲイ男子がノンケ男子を好きになってしまった場合、その願いが叶う確率は格段に低くなってしまうだろう。なぜならノンケ男子は本能的に女の肉体を好きになったり求めたりするように設定されているので、男の肉体を持っているゲイ男子とイチャイチャしたいと思ってくれる可能性は非常に低いからだ。ゲイ男子が女の肉体を求めことが不可能であることを考慮すると、ノンケ男子がゲイ男子の肉体に興味を持ちイチャイチャしてくれる確率は限りなく0に近そうだ、というか普通に考えて無理だろうという気がしてくる。やはりゲイ男子が好きなノンケ男子とイチャイチャしたいというのは、ただの無謀な夢物語なのだろか。

かくいうぼくも大学時代に同級生のノンケ男子を好きになってしまい、誰にも相談できないまま辛く孤独な日々を送っていた。彼の部屋の隠し本棚にはノンケ用のエッチなDVDがたくさん並んでいたし、携帯電話の中身を眺めていても女の子の裸ばかりだったし、早く彼女を作って童貞を捨てたいと悶々とした日々を送っていたので、彼がノンケ男子であることはほぼ100%間違いないように思われた。彼が男の体に興味を持っている痕跡が何かひとつでもあれば希望が持てたのだが、いつも一緒にいてもそのようなものは全く見当たらなかったのでぼくの恋は本当に望みが絶えているという状況だった。

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しかしそんな絶望的な状況の中でもゲイ男子のぼくは地道に努力を続け、大好きだったノンケ男子の親友とイチャイチャすることに成功した。最終的にぼくたちは会う度に「好きだ」と言葉を交わし合ったり、強く抱きしめ合ったり、キスをしたり、触り合ったりするようになっていったので、ゲイ男子とノンケ男子の間柄からすればかなりイチャイチャできた方ではないだろうか。ぼくができたからといって他の人が必ずできるとは限らないが、「ゲイ男子が大好きなノンケ男子とイチャイチャできることは絶対にありえない」という論理的な法則が成り立たない場合もあるということを、ぼく自身の反例から導き出すことができる。そういう意味でぼくの一例は、ほんの些細な一例ではあるけれども、諦めかけていたゲイ男子が少しばかりの希望を持てる貴重な光となるかもしれない。この記事ではゲイ男子のぼくがどのようにして明らかなノンケ男子の親友とイチャイチャすることができるようになったのか、その方法を具体的に見ていこう。

 

 

・まずは軽いスキンシップで様子を見る

男子たるもの好きな人ができたら、その人の体にどうにかして触れたいと感じるものだ。しかしゲイ男子がノンケ男子を好きになってしまった場合、そもそもノンケ男子の中には意味不明なくらい男に触れられることを嫌がる種類の人間もたまにいるので注意が必要だ。自分の好きになったノンケ男子がどれくらい男に触れられるのに抵抗がないか、普段の日常生活から積極的なボディタッチを試みてよく確認しておく必要がある。その試行の段階で明らかに嫌がる素振りを見せたならもはや諦めるしかない。たかが友達同士のボディタッチでさえ嫌がるくらいなら、それ以上のイチャイチャは絶対にできないと宣言されたも同然だからだ。逆にちょっと男に触られるくらい何も気にしないようなら、もう少し段階を踏んでみる価値はある。

 

 

・2人きりの時に膝枕や髪を撫でてもらって甘えてみる

ぼくが次に試してみたのは、部屋で2人きりの時にちょっとだけ甘えてみることだ。具体的には膝枕をしてもらったり、髪を撫でてもらったり、あくまでもかろうじて「友達」という範疇から抜け出してしまわない程度の、それでいて普通の友達ではなく「親友」だからこそ特別に許されるという程度の、絶妙な親密具合でアプローチを試みることが重要だった。大好きな人に膝枕をしてもらったり、髪を撫でてもらうというのは最高に幸せな時間だったが、ノンケ男子が嫌がる素振りを見せなかったらそのまま習慣にしてしまおう。みんなの前ではしないけれど部屋で2人きりの時だけは膝枕をして甘えさせてもらうと、なんだか誰にも言えない2人だけの秘密ができたようで嬉しかった。

膝枕して甘えさせてもらうのがすっかり習慣になってしまったら、今度は逆にこちらから彼を膝枕してあげてもいいかもしれない。人間は誰もが大きくなった赤ちゃんなので、赤ちゃんの時にお母さんにされたことをしてもらったら、強く見せかけている大人の男子でも心が安らぐものだ。膝枕して髪を撫でてもらう彼の子供のように安らぐ姿が見られれば、2人の関係性はより深く親密になっていくだろう。自分の最も弱く無防備な姿を見せるということは、その人に心をすっかり許しているという証拠だからだ。

膝枕してもらっていると自然と彼の男の果実が頭に当たって最初は恥ずかしかったが、それも慣れてしまえば彼との仲をもっと深めるのに役立つかもしれない。たまに若い彼の果実が固く膨張しているのを頭で感じると何も言わないのも逆に気まずいので、あくまでも男友達としてからかったり、ふざけて頭で刺激してやると、彼も面白がってピクピク動かしてきたり、こちら側に膨張した果実を押し付けて来たりするので、少しずつ友達としての範疇から恋人らしい関係にまで移行することを助けた。誰も見ていない2人きりの部屋の中で男同士で性的に戯れることで、自分達が誰にも言えない他とは違う特別な関係性になれたような雰囲気を作り上げることができた。

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・試しに「好きだよ」と呟いてみる

時間をかけて親友なのか恋人なのかわからない中間地点で関わり合うことで、絶対に砕くことができなさそうに見えるノンケ男子の心の壁を次第に消し去ることができた。その後はおそらく一般的な男と女が恋人として徐々に近づくような過程で、ぼくたちも次第にさらなる親密さを増していった。誰に教えられることもなかったのに何の疑いもなく進んでいくその過程は、ゲイ男子とノンケ男子の間柄であろうとも、まるで最初から本能や遺伝子の中に組み込まれているかのようにとても自然な流れだった。

まずぼくは、いつものように彼に膝枕をしてもらったり、髪を撫でてもらったり、ふざけて果実を触り合っていると好きな気持ちが抑え切れなくなって、思わず小さな声で彼に「好きだよ」と呟いてしまった。聞こえるか聞こえないかわからないほどのぼくの告白を、ノンケ男子の彼は笑いながら聞き流した。しかしその後彼の方から「大好きだよ」と言ってくれるようになり、それ以来ぼくたちは会うたびに「大好きだよ」と言って抱きしめ合うようになった。もはや確実に親友という領域から恋人のような領域に移行しつつあった。ぼくはゲイ男子としてのこの人生の中で、日常生活の中で好きになった人には絶対に好きになってもらえるはずがないと諦めていたので、ノンケ男子の彼から好きだと言ってもらえるなんてまるで奇跡が起きたかのように感動した。

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・お互いに触り合って幸福と快楽を共有する

お互いの気持ちを確かめ合って以来、ぼくたちの果実の触り合いもより濃密になった。友達同士がふざけているような感じではなく、大好きな相手が感じているのを見て慈しむように必死に求め合った。ぼくたちはどちらも、大切な果実を他人に触られるのが初めてだった。誰にも触られたことのない果実をお互いに慈しみ、誰も知らない2人だけの秘密の幸福と快楽を確かめ合った。

最初は服の上からぼくの果実を触っていたノンケ男子の彼も、自然と服の中まで手を入れてくるようになり、彼が自分の果実を触って嬉しいような方法でぼくの果実を慈しみ続けた。彼はぼくの果実が濡れていることや、彼の手の中で自然と動き回ってしまうことを喜び、彼の果実を握り返すとぼくと同じように熱く震えていた。明らかなノンケ男子の彼がぼくという男の肉体に興味を持つはずなどないのに、起こるはずのない不思議で愛しい時間がぼくたちにはもたらされていた。彼はやがてぼくの果実にキスをしてくれるまでになった。

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・キスを2人の秘密の習慣にする

またぼくが思い切って彼の首にキスをすると、彼もぼくの頬にキスをしてくれるようになり、それからぼくたちはキスをするのが習慣になった。彼の部屋からぼくが帰る時は必ずキスをして、抱きしめ合って、「好きだよ」と言ってから別れた。ぼくたちはゲイ男子とノンケ男子の組み合わせだったにも関わらず、まるで恋人同士のようにふるまうことができるようになった。日常生活で大好きになった人に好きだと言われたり、抱きしめ合ったり、キスをしたり、そんな他の人からすれば当たり前のような出来事が、ゲイ男子のぼくには訪れるはずがないと思い込んでいたので、このような経験を彼とすることができて尊い宝物がもたらされたような思いだった。

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・重要なのはひとつひとつ丁寧に段階を踏むこと

ノンケ男子の彼とゲイ男子のぼくが、このような普通に考えればあり得ない関係性を構築することができたのは何が要因だったのだろうか。その答えを一言で言い表すのは難しいに違いない。ぼくと彼の相性が、ゲイとノンケの男同士であるという壁を超越するほどに惹かれ合う運命にあったということも否定できない。しかしそれでは再現性がないのでもっと普遍的な観点から突き詰めていくと、結局のところ”きちんと段階を踏んだ”というのがよかったのではないだろうか。もちろん相手のノンケ男子がそもそも男と触れ合うのを毛嫌いするような性質だったとしたら、段階もへったくれもなくイチャイチャすることは到底できないだろう。そのような場合はもはやゲイ男子からノンケ男子のよくある叶わない片思いのひとつとして片付けるより他はない。

しかしスキンシップやボディタッチ→膝枕や髪を撫でてもらう→ふざけて触り合う→「好き」だと告白する→恋人同士のように触り合う→キスをするという風に、ひとつひとつしっかりと段階を踏んでクリアしていき、友達や親友の範疇からおそるおそる次第に抜け出し、どこまで行けるかわからないけれど思い切って恋人のようなふるまいに挑戦していくというその姿勢は、ゲイ男子が大好きなノンケ男子とイチャイチャする唯一にして確実な現実的方法論ではないだろうか。ノンケ男子にとって男とイチャイチャするなんて思いもよらないことに違いない。それゆえいきなり突拍子もなくキスなんかしたらびっくりされて絶縁されて終わりだろう。好きすぎるあまり慌てて暴走していきなりアクセル全開でぶつかっていってもロクなことにはならない。物事には何でも順序というものがあり、それがノンケ男子とゲイ男子でイチャイチャしたいという非現実的な望みならばなおさら、慎重に丁寧に堅実に段階を踏んでいく必要があるだろう。親友の段階から親友と恋人の中間地点、そして恋人のような存在へと徐々にシフトチェンジしていくことによって、相手も違和感なく同性愛的な関係性を受け入れることができ、性別など超越した本当に惹かれ合うべき魂の姿に気が付くのかもしれない。

 

 

・魂が惹かれ合っていれば誰に教えられなくても結び付く方法を知っている

このように書くとぼくはかなりの策略家だと思われそうになるが、実際は何ひとつ計画したことなどなく、全てはとても自然な流れだった。それはまるで水が高いところから低いところへと流れて川ができるように、空気が重いところから軽いところへと流れて風が生じるように、それほどまでに違和感も疑いもないごく自然な現象だった。ただノンケ男子と恋人同士のようになれたゲイ男子である自分自身のことを思い返すと、あぁ知らない間にきちんと段階を踏んでいたんだなぁと気付かされただけのことである。

男と女が出会いやがて結びつくような野生の直感や本能的な感性が、男同士であろうと惹かれ合う存在としてぼくたちに適応され、誰に教えられることがなくとも自然な流れて結ばれていったに違いない。もしかしたら本当に結ばれるべき運命の人であるならば、どのような性別であろうと性的指向であろうと、このような記事を参考にするまでもなく古代から受け継がれてきた引き合いの本能のよって知らず知らずのうちに結ばれていくのかもしれない。

重要なことは自らの純粋な直感から目を背けないことだ。自分は男だから男の人と結ばれることはないだろう、自分はゲイだからノンケの人に恋をしてもつらいだけだろう、そのような論理的思考や社会的常識、行儀のいい正しさに囚われずに、自らの根源から津波のように押し寄せる直感的な情熱があるのなら、当たって砕けでもいいから純粋な直感に従うだけの価値はあるのではないだろうか。どうせ結ばれないと諦めてしまうのは簡単だが、ぼくの一例のようにほんの少しでも望みがあるのなら、その光を掴み取ることができるのは自分自身と縁を信じて挑戦した者のみである。

 

 

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