日本は災害大国!中島みゆきの夜会と天災の関係を徹底考察

 

中島みゆき夜会と天災の関係を徹底考察!

日本は災害大国!中島みゆきの夜会と天災の関係を徹底考察

・日本は災害大国
・和辻哲郎「風土」とモンスーン型風土
・中島みゆき夜会と天災の関係を考察する
・夜会Vol.8「問う女」の台風中継
・夜会Vol.10「海嘯」の大津波
・夜会Vol.10「海嘯」の土砂崩れ
・夜会Vol.11,12「ウィンター・ガーデン」の地吹雪
・夜会Vol.15,16「今晩屋」の火事
・夜会Vol.18,19「橋の下のアルカディア」の洪水、川の氾濫、天保の大飢饉
・夜会Vol.20「リトル・トーキョー」の雪崩

・日本は災害大国

日本に生まれ育っていると自ずと感じられることだが、日本では天災が非常に多い。最近の東日本大震災をはじめとする大地震も多発しているし、その他にも台風はよく通り、土砂崩れは起こり、洪水は発生し、火山は噴火するという大変な大地の上でぼくたち日本人は生きている。こんなに天災が多い国なんて他にあるのだろうか!

地理的に言えば日本は新期造山帯に属しており火山活動が活発だ。またいくつものプレートが重なり合い沈み込む海溝の上に日本列島は存在しているので、プレートの動きがいくつもの大地震につながっているのだろう。また貿易風と偏西風の影響でいつも台風の通り道になりやすいことも問題だ。

ぼくたち日本人は大変な場所に生まれてきてしまったという絶望感とは別に、地球が生きているということを直接的に実感できるこのような激動の大地に生まれたからこそ、古来から培われてきた日本人独自の感受性や民族性や死生観などもあるのだろう。

 

 

・和辻哲郎「風土」とモンスーン型風土

和辻哲郎の「風土」という本は、実に衝撃的で興味深い本だった。風土は周囲を取り巻いている自然環境を指すだけではなく、その中で生きているぼくたち人間の精神構造にも大きく影響し、その土地の風土は僕たちの精神と密接に関わり合っているのだという。人間の精神構造は住んでいる風土によって大きく左右され、ぼくたちは風土であり、風土はぼくたちなのだ。

この世界の風土は大まかに3つに分類され、モンスーン型、沙漠型、牧場型があるという。牧場型はヨーロッパ、沙漠型は中東、そしてモンスーン型は主にアジアを指すという。この中でモンスーン型のアジアの風土の中では、湿潤な気候が故に植物や雑草が無尽蔵に伸び放題となり、どんなに除去しても除去してもどんどん生えてくることから、西洋のように自然を支配しようとする思想よりもむしろ、自然を受け入れながらでも生きていこうという受容的な精神構造が養われたという。

荒れ狂う大自然にはとても敵わないと受容的な精神を獲得したのは、災害大国の日本でも同様かもしれない。どんなに人間が賢くなろうとも技術を発展させようとも、突如としてこの列島に押し寄せてくる大地震や津波や台風や洪水に対抗できる術はない。大いなる大自然を前に人間たちは自らが卑小で無力で何もできない存在なのだと思い知ることしかできず、受容的な精神を育むのは自然な流れであると言えよう。

 

・中島みゆき夜会と天災の関係を考察する

中島みゆきの「夜会」とは、中島みゆきが作詞、作曲、脚本、歌、主演のすべてを務める世界でも類例を見ない音楽劇だという。夜会は1989年に始まって以来、これまでに20の演目が開催されている。ぼくが昔の映像作品から最新作の夜会「リトル・トーキョー」までの夜会をすべて鑑賞して感じたことは、夜会の中にはしばしば天災や災害が出てきて、しかもその天災が物語の中の割と重要な場面を占めることが多いということだ。さらに天災や災害が重要な場面を占めるという傾向は、最近になればなるほど強くなっているように思われる。

ぼくにはなんだかそれが、すごく日本列島で生まれ育った人によって作られた作品っぽいなぁと感じられて興味深いのだ。ぼくは中島みゆきの夜会の中の天災や災害の場面に、ものすごく日本人らしい感受性を感じてしまう。ここでは夜会の中でどのような天災や災害が出てきたのか、詳しく見て行こうと思う。

 

 

・夜会Vol.8「問う女」の台風中継

夜会Vol.8「問う女」ではアナウンサーである主人公の女性が、海辺で台風中継するという場面が見られる。彼女は海上で船が当て逃げしてしまう場面を目撃し、その様子を中継しようとするが、業務である天気予報以外のことに口出しはするなとその場で怒られてしまう。アナウンサーは自分が伝えたいことや言いたいことなど関係なく、ただ決められた言葉だけを機械のように伝えていればいいのだという示唆が感じ取られる場面である。

また台風中継が終わった後に友達の女性の家に電話をかけるとなんとその電話に彼氏が出て、自分の彼氏が友達に寝取られてしまったことを知る場面へと続く。主人公の女性は怒り狂ってまさに90年代を思わせるような巨大な携帯電話を海へ向かって投げ捨てるのだが、その中島みゆきの演技がなかなか迫力があり、本当に人生の中で海に向かって携帯電話を投げ捨てた経験でもあるんじゃないかと疑ってしまうほどに実感のこもった演技だった。

このように夜会Vol.8「問う女」では、日本で毎年恒例の天災である台風の場面が出現する。

 

・夜会Vol.10「海嘯」の大津波

東日本大震災の後の津波が、東北の海岸沿いの街を何もかも流してしまったことは記憶に新しいが、まさにそのように日本人の心の傷跡にもなっている大津波が、中島みゆきの夜会にも登場したことがある。それは夜会Vol.10「海嘯」のことだ。

期せずしてハワイのヒロという田舎町の結核療養所で入院することになってしまった主人公は、最初は自分のたったひとつの夢を叶えることだけを考えている自我の強い女性だった、しかし自らがたったひとつの夢さえ叶わない運命にあることを知ると、自分の命さえ顧みないで、自分の命を犠牲にしてでも、結核療養所で出産中の友人を押し寄せてくる大津波から守ったのだった。

その結果赤ちゃんは無事生まれたが、主人公の女性は大津波に飲み込まれて死んでしまった。しかし主人公の女性の死の背景に流れる赤ん坊の産声は、まるで死と誕生が隣り合わせにあるかのような、死が決して終わりなんかじゃなく新しい生へと繋がれていくような、輪廻転生の思想さえ暗示させるものだった。

 

・夜会Vol.10「海嘯」の土砂崩れ

夜会Vol.10「海嘯」の中では、主人公の女性がわざと土砂崩れを起こして、自分の両親を殺した夫婦によって乗っ取られたホテルを土砂崩れもろとも海に沈み込ませてしまおうという、とんでもない計画が描かれている。この土砂崩れこそが夜会Vol.10「海嘯」の主人公の女性のたったひとつの夢なのだが、結局は実現されずに終わってしまう。

だから実際には夜会Vol.10「海嘯」の中には土砂崩れの場面なんか出てこないのだが、土砂崩れも日本を代表する天災のひとつだなぁと思ったのでここに書いてみた。

 

・夜会Vol.11,12「ウィンター・ガーデン」の地吹雪

横領を続けて理想の家を手に入れたはずの主人公の女性が、今度は自分自身が悪徳商法に騙されていたことを知り絶望する。不倫していた姉の夫にも捨てられ、その復讐として横領の罪を自首しようと決意する。自首すれば姉も夫も、そして今度生まれてくる赤ん坊もただでは済まないだろうと推測したからだ。主人公の女性は家を飛び出し、吹雪の中で車を走らせると地吹雪に遭い、車は衝突炎上する。

地吹雪を御存知ない
危険
吹雪の風が積雪から運ぶ雪の量は
降ってくる雪の量のおよそ100倍

地吹雪を御存知ない
危険
雪粒どもが目を醒まし 頭をもたげ始めた
おどりあがって 跳躍を始めた

地吹雪を御存知ない
危険
陽が失われる 道が失われる 音が失われる

地吹雪を御存知ない
危険
雪上がりの凍てついた荒野は
凶暴な地吹雪の領分

 

・夜会Vol.15,16「今晩屋」の火事

火事というのも人々が最も恐れるべき災害だ。夜会「今晩屋」の中では、寺が火事になって赤々と燃え盛り焼失していくという場面が大迫力で描かれている。この火事は一体なぜ起こったのか、物語を見ているだけではその脈絡は掴みとれなかったが、前半場面の最後に出てくる重要なシーンである。燃え盛る寺を背景に絶唱される「都の灯り」は、見応え十分だ。

日本の寺というのは木造であるがゆえにしばしば火事で焼失されているらしい。それはぼくが四国でお遍路をしているときに、寺の解説を読んでいて気づいたことだった。お遍路というのは88の仏教寺院を回るのだが、その中の多くの寺の解説に「過去に火事で全焼」と書かれていて驚愕した!日本のお寺は美しいのでどうか末長く未来まで残ってほしいが、今でも木造の寺院がほとんどなので、またこれからも日本の寺は火災に遭っていくのだろうか。

 

・夜会Vol.18,19「橋の下のアルカディア」の洪水、川の氾濫、天保の大飢饉

夜会「橋の下のアルカディア」は、まさに日本の天災がテーマのひとつになっていると言っても過言ではないだろう。物語の中では江戸時代、そして現代における暴れ川の氾濫が描かれている。江戸時代においても現代においても同じ川が氾濫していることを描くことによって、どんなに時代が経っても日本では変わらず大変な水害が起こり続けていることが示唆されれている。

江戸時代においては川の怒りを鎮める方法として、村の中から女性をひとり選んで川の中に沈め「人柱」にするという生贄の方法が取られた。現代においては”要らない街”を放水路とすることで水の氾濫を抑えようとする方法が取られている。しかし江戸時代でも現代でも、何かを犠牲にしながら川の怒りを鎮めようとする感性は変わっていないようにも思える。それでも人の命を犠牲にしていた江戸時代と比べて、”要らない街”を犠牲にするくらいだから現代の方がいくらかマシだろうか。

しかし押し寄せてくる洪水を鎮めるために「人柱」として人の命を犠牲にしたことと、近代において異国からの侵略を阻止するために「特攻隊」として人の命を犠牲にさせたこととは、同じ感性に基づくものかもしれない。結局どんなに時代が変わっても、集団の幸福のために個人の幸福や命を犠牲にし、生贄として天へ捧げようとする行為は変わっていないのかもしれない。ぼくたちは何ひとつ変わっていないのかもしれない。

「橋の下のアルカディア」の江戸時代の場面は、天保の大飢饉の風景を描いたものらしい。天保の大飢饉とは日本の火山が噴火したことをきっかけに引き起こされた冷害が原因だという。まさに日本の天災の風景が凝縮された夜会だと言えるだろう。

 

・夜会Vol.20「リトル・トーキョー」の雪崩

最近の夜会Vol.20「リトル・トーキョー」でも大きな災害が発生する。それは雪崩だ。物語の前半では主人公の女性が、密猟者に襲われた山犬をかばおうとして雪山に入り、そこで雪崩に巻き込まれて死んでしまう。しかし生き残った山犬の子供があまりにかわいそうで、幽霊となって死んでからもこの世にとどまり続け、子犬をクラシックホテルに連れて帰り、ひとりで野生に帰れるようになるまでに快復させる。

最後のクライマックスの場面でも雪崩が起きてクラシックホテルは崩壊してしまうが、これはこのホテルが建っていることが原因で周囲の山を自然保護区にできないから、主人公の女性の幽霊がわざと引き起こした雪崩だったのだろうか。主人公の女性はまさに雪を操ることができる雪女のようだった。

 

 

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