自分は生まれてこない方がよかったんじゃないかと感じたときに聞きたい中島みゆきの隠れた名曲5選

 

生まれ落ちて最初に聞いた声は落胆のため息だった。

自分は生まれてこない方がよかったんじゃないかと感じたときに聞きたい中島みゆきの隠れた名曲5選

・自分は生まれてこない方がよかったんじゃないかと感じたときに聞きたい中島みゆきの隠れた名曲5選
・やまねこ
・エレーン
・肩に降る雨
・紅蓮は目を醒ます
・誕生

・自分は生まれてこない方がよかったんじゃないかと感じたときに聞きたい中島みゆきの隠れた名曲5選

どうしようもない自分では変えることができない運命を背負って生まれたり、自分と向き合って人生を真剣に生きる人ならば誰でも「生きていることがつらい」「自分は生まれてこない方がよかったんじゃないか」と感じることがあるだろう。そんな風に絶望感に苛まれてしまったときに、中島みゆきの音楽に出会えた人は幸いである。

なぜなら中島みゆきが高校時代はじめて人前で歌った理由は「自分なんていない方がいいんじゃないか」という疑問を抱き、自分が受け入れられるべき存在なのかを確かめるために、敢えて人前に出て自分の歌を歌ったという度胸ある歴史を持つからだ。中島みゆきの歌の出発点は、まさに「自分は生きていてもいいのか」という純粋な問いかけにあり、そのような根源的な問いかけを起点としている中島みゆきの全ての歌の根底には、「自分は生きていてもいいのか」という純粋な思いが流れている。

衝撃!中島みゆきが歌いはじめた切実な理由

ここでは中島みゆきの歌の中でも「生きていることがつらい」「自分は生まれてこない方がよかったんじゃないか」という感性に共鳴するような楽曲を紹介しようと思う。

 

 

・やまねこ

女に生まれて喜んでくれたのは
菓子屋と ドレス屋と 女衒の女たらし
嵐明けの如月 壁の割れた産室
生まれ落ちて最初に聞いた声は落胆のため息だった

誕生の瞬間に女として生まれたことを理由にため息をつかれたという衝撃的な歌詞は、まさに自らの生命へ徹底的な否定が降り注がれる様子を目の当たりにするようである。そして中島みゆきはこの歌を、自分自身の誕生の瞬間として歌っているのだろうとぼくは感じる。なぜなら歌詞の中に「如月」と明記されているからだ。如月とは、2月、すなわち中島みゆきの誕生月である。

誕生の瞬間にため息をつかれ自分の生命を徹底的に否定されたという経験を、敢えて「如月」という自らの誕生月を歌詞に組み込むことにより、普遍的ではなくはっきりと個人的な歌として表現しているのではないだろうか。中島みゆきは自らの生命が徹底的に否定されることから始まったということがこの「やまねこ」の中に暗示されている。

 

・エレーン

生きていてもいいですかと誰も問いたい
その答えを誰もが知ってるから誰も問えない

真っ黒なジャケット写真の真ん中に一筋白い文字で「生きていてもいいですか」と書かれたオリジナルアルバムに収録されている「エレーン」は、自分はここにいてもいいのかというまさに存在の根底からの純粋な問いかけが闇の中から解き放たれているかのような歌である。しかし「自分はここにいてもいいのか」「生きていてもいいのか」誰もがそう問いたいけれど、その答えは誰もが既に知っているから誰も問わないのだという暗示的な歌詞は、何度も聞き返したくなるような哲学的示唆を含んでいる。

 

・肩に降る雨

肩に降る雨の冷たさは
生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは
生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさに
気づかぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさに
まだ生きてた自分を見つけた

この世の冷たさのあまり、魂が生死の狭間をさまよっているかのような歌詞。しかしその生死の狭間には常に冷たい雨が降り注ぎ、その雨が自分を生かしている、得体の知れない救済の気配が神聖で厳かな名曲。

 

・紅蓮は目を醒ます

泥から生まれて 泥に住み
泥を喰ろうては 生きていく

誰が 悪いじゃ ないけれど
私は ここに いる

夜会「今晩屋」の中で中島みゆきによって、絶望のあまり泣きながら歌われる悲しい曲。子供達を自分の愚かさによってさらわれてしまい罪悪感に苛まれる母親の歌である。「誰が 悪いじゃ ないけれど 私は ここに いる」と歌う場面は、まさに生命や存在の根幹を根源的に問いかけてくるようで、「自分は生まれてこない方がよかったんじゃないか」と常に問いかけながら生きている魂たちに共鳴する名曲。

 

・誕生

Remember 生まれたとき
誰でも言われたはず
耳を澄まして思い出して
最初に聞いた WELCOME

Remember けれどもしも
思い出せないなら
私 いつでも あなたに言う
生まれてくれて WELCOME

中島みゆきはインタビューの中でこの「誕生」の楽曲により、この世にいない子なんていないということを伝えたかったという。欧米では赤ちゃんが生まれたときにwelcomeと言って赤ちゃんをこの世に迎える習慣があるといい、誰もがこの世にあたたかく「ようこそ!」と言われながら生まれてきたんだ、どんなに生きることがつらくてもそれを思い出してと聞き手に呼びかける。しかし赤ちゃんの頃の、生まれてきた瞬間の記憶なんて誰もが忘れてしまっているに違いない。そんな魂たちに向かって中島みゆきは、忘れてしまっていても私が今welcomeと言うよと堂々と歌い上げ、ぼくたちの生命は肯定に満ち溢れていく。

ぼくはこれはまさに中島みゆきの「やまねこ」に対する中島みゆきのアンサーソングだと感じる。自分は女で生まれたことから誕生の瞬間から徹底的な否定を浴びせられてこの世に生まれてきたのだと歌う呪いのような歌「やまねこ」の中の自分自身に、誰だってこの世にwelcomeと言われて生まれてきたんだという徹底的な肯定と慈悲の心を降り注ぐことにより、否定されたはずの生命や浄化されていく。まさに「誕生」は中島みゆきによる中島みゆきの存在の根源のための歌なのではないだろうか。しかしそんな極めて個人的な歌が、普遍的魅力を持ち世の人々を魅了するところに、中島みゆきの歌詞の価値がある。極めて個人的なものだからこそ、まるで輪廻転生の輪を描くように、個人というものを通り抜けて、究極的な普遍性へとたどり着くのかもしれない。

この世にいらない子なんていない…中島みゆき自身が名曲「誕生」について語ったこと

 

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