燃え盛る恋の直感に従え!どうせ叶わなくてもゲイ男子がノンケ男子への片思いを諦めるべきではない理由

 

燃え盛る恋の直感に従え!どうせ叶わなくてもゲイ男子がノンケ男子への片思いを諦めるべきではない理由

・ゲイ男子がノンケ男子に恋をすることは無謀だ

ゲイ男子がノンケ男子に恋をすることは無謀だと言われる。なぜならノンケ男子とは女の子のことを好きになる生き物であり、男の肉体を持っているゲイ男子を好きになる確率はほぼ100%ないからだ。女の子を好きになり、女の子と付き合いたいと願い、女の子の肉体に発情するノンケ男子がゲイ男子に恋心を抱かないことは火を見るよりも明らかだ。

どう論理的に考えてもゲイ男子がノンケ男子に恋をすることはどうせ叶わない無意味な行為だし、さらにゲイ男子がノンケ男子に自分の真剣な思いを伝えようと告白するということになると、危険性はさらに高まる。自分が男の子を好きになるゲイ男子だと相手にバレてしまうし、そのことで男同士だからこそ成り立っていた今までの友情が保てなくなる可能性は高い。また相手のノンケ男子が思いやりに欠けていたり心ない人間だった場合、あなたがゲイ男子であることを周囲に言いふらしてしまう危険性もある。

ゲイ男子からノンケ男子への恋はほぼ100%叶わない上に、極めて大きなリスクをはらんでいる。しかし恋とは論理や損得勘定を超越した、直感的で根源的な本能の現象だ。どんなに論理的に考えて破綻していることがわかっていても、好きになってしまったのならばあらゆる恐れや憂いを捨て去って、燃え盛るように突き進んでしまうのが本物の恋だと言えるだろう。そして迷いのない純粋な恋の直感にただひたすらに従う勇気と覚悟を持ったなら、思いもよらない運命の軌道が切り開かれる場合があるということを、ぼくはこの人生で学んだ。

 

 

・ゲイ男子のぼくが大学時代、ノンケ男子に恋をした時の経験談

ぼくも大学時代に、同級生だったノンケ男子に恋をしてしまった。携帯電話の中の裸の画像やお気に入りのページ、部屋に並べられたエッチなDVDのどれを見ても、彼がやりたい盛りのノンケ男子であることは明らかだった。どう考えても彼がぼくを好きになってくれる可能性はなかったし、恋心を抱くだけ無駄だとわかっていたけれど、彼を好きな気持ちを自分自身でも止めることができなかった。

恋というのは自らの根源から訪れる直感的な炎だった。その炎は論理や思考や損得勘定をことごとく焼きはらい、ついにはぼくの魂までも燃やしてぼくを純粋に突き動かしていった。業火の中でぼくは悩んだり迷ったり泣いたり苦しんだりしながらも、あの人へ向かう自分を止める術はないと感じていた。きっとどんなに異なる軌道を辿ろうとも、ぼくの魂はやがてあの人へと辿り着くようにできているのだろうと思った。人間のぼくは苦悩し、憂い、罪の意識にも苛まれたが、一方でぼくの魂や直感は何ひとつ迷っていなかった。

ゲイ男子とノンケ男子であるにも関わらず、ぼくたちは次第に近づき合った。2人きりの部屋で膝枕をしてもらったり、髪を撫でてもらったりして甘えられる親友のような関係から、やがてはお互いに「好きだよ」と強く抱きしめ合う恋人のような関係にまでなった。そしていつしかどちらからともなくキスするようになり、キスして抱きしめて「大好き」と言ってさよならするのが2人の習慣になった。ぼくたちはどちらも男で、同じ果実を持っていた。固く大きくなって濡れた果実をお互いに確かめ合い、ぼくたちの体は異なっていても果実は同じように喜びを感じるのだと知った。

結局彼は女の肉体を求める本能に逆らうことができずにぼくの元を去ってしまったけれど、ゲイ男子のぼくは好きになった人には一生好きになってもらえない残酷な運命を背負っていると自分で思い込んでいたので、大好きだった彼に「好き」だと言ってもらえただけで奇跡が起こったのだと感動せずにはいられなかった。

 

・なぜゲイ男子のぼくとノンケ男子の彼は奇跡的に両思いになれたのか

ノンケ男子がゲイ男子を好きになるなんて、普通に考えたらまずあり得ない。彼がそもそもノンケではなかったのではないかという考えもあるが、ぼくが見る限りでは女の肉体に発情する証拠は数えきれないほどにあれど、男を好きになる痕跡は一切見当たらなかった。おそらく彼の中でぼくだけが特別な位置にあり、ぼくは彼が男を好きになった人生で唯一の人になるだろう。なぜ結びつくはずもないぼくと彼の2人が、結ばれる運命にあったのだろうか。この世にあるはずもないゲイ男子とノンケ男子の恋愛的な関係性が、なぜ奇跡的にぼくたちの前に立ち現れたのだろうか。

ぼくの意見では、純粋な直感にただ従ってひたすらに迷いなく突き進んだことが理由ではないかと感じられる。何度も繰り返すように、恋というのは論理を超えた燃え盛るような直感だ。その直感に身を委ねてただ導かれるままに生き抜くことができる人がこの世にどれほどいるだろうか。きっと内なる声が自らの直感を指し示していても、そんなことをしてはならないという常識とか、人間はこうあるべきだというような道徳心とか、その先には得よりも損が待っている可能性が高いという損得勘定とか、普通に考えてリスクが高すぎるというような恐れとか、傷つきながら生きたくはないという怯えが邪魔をして、純粋な直感に従って生きることができない人が大半だろう。

人間としてのぼくは確かに悩んでいたし、迷っていたし、苦悩していたが、しかしその根源に位置するぼくの魂と直感は全く迷っていなかった。それどころか燃え盛るような恋の直感の炎はぼくの悩みや、迷いや、苦悩さえも焼き尽くし、ぼくの魂を支配してぼくを大好きな彼に向かって突き動かすための衝動を与えた。直感の炎に何もかもを焼かれたぼくは、いつしか自らの根源から押し寄せる純粋な直感にのみ従う決意と覚悟をし、たとえこの魂が滅ぼされようとも彼に辿り着こうと誓った。ゲイ男子とノンケ男子は結ばれることがないという”運命の軌道”に逆らって燃え盛るように遡上し、やがては別の軌道へとこの生命を切り替えようと必死だった。

 

・純粋な直感にただ従って生き抜いたとき人はどうなるのか

ぼくには生きているうちに見抜きたい真理があった。そのひとつが

純粋な直感にただ従って燃え盛るように生命を生き抜いた時、その先で人間にはどのような運命の軌道が切り開かれるのだろうか

というものだ。その答えが、まさに恋によって導き出されようとしていた。自らの根源に宿る純粋な直感にただ従って燃え盛るように生き抜いた時、常識では到底考えられないような運命の軌道が開かれた。ノンケ男子がゲイ男子のぼくに「大好きだ」と言って抱きしめてくれた時の感動を、ぼくは今でも忘れない。それはまるでノンケ男子とゲイ男子は結ばれることがないという従来の軌道が、純粋な直感に従って生き抜く生命の炎という”転轍機”によって、ノンケ男子とゲイ男子さえ結ばれる奇跡的な運命の軌道へと切り替えられたようだった。

 

・どうせ叶わなくてもゲイ男子がノンケ男子への片思いを諦めるべきではない理由

ゲイ男子がノンケ男子に片思いをしていると言うと、大抵の人は論理的に、そして常識的に考えて時間の無駄だからそのような無謀な恋はすべきではないとアドバイスするだろう。しかし本当にそうなのだろうかと、ぼくは自分自身の経験を踏まえると感じてしまう。ゲイ男子にだって他の人と同じように日常生活の中で人を好きになり、普通に告白して普通に両思いになり、結ばれるというありふれた経験を享受する権利はあるはずだ。たとえ成功する可能性は僅かしか残されていなくても、ぼくのように結ばれる確率が少しでもあるのなら、純粋な恋の直感に従って率直な気持ちを伝えてみるべきではないだろうか。

恋をリスクや損得勘定で考えるとロクなことにはならない。計算すれば確かにゲイ男子はノンケ男子への恋愛を諦めるべきだという結論に至るだろう。しかし計算して自らの純粋な気持ちを伝えなかった後悔は、燃え盛るような直感に従って気持ちを伝えて失敗した後悔よりも、何百倍も大きく一生残り続けるのではないだろうか。そして言うまでもなく、結ばれるためには行動しなければ始まらない。自分が傷つきたくないばかりに、自分を守りたいばかりに、自分の魂を安全な場所へと匿い続けておいて、自分の素直な気持ちや純粋な直感に従わないままで無傷で死んでいくのが、果たして本当に人間としての生きるべき姿だろうか。ぼくたちは傷つきながらでも、苦しみながらでも、たとえこの生命が滅ぼされるようなことがあっても、自らの直感にただ従いながら美しく生き抜くために生まれてきたのではないだろうか。

 

 

・与えられた運命の軌道を抜け出して、行くべき世界への転轍機を見出せ

ぼくたちがゲイとして生まれてきたのは、変えることのできない運命だった。そしてその運命の軌道の中には、日常生活でのありふれた恋愛が叶わないことも含まれている。しかし天から与えられた残酷な運命の軌道の上を、仕方がないからと諦めてただ流されるように生きてもいいのだろうか。ぼくたちに与えられた運命の軌道がぼくたちの純粋な直感を踏みにじるものであるのなら、その運命の軌道を切り替える転轍機を探し当て、自らの直感が美しく燃え盛ることができるように運命の軌道修正を行うべきではないだろうか。

その転轍機こそが、ぼくにとって燃え盛るような恋の直感とそれに突き動かされるだけの覚悟と行動力だった。与えられた運命の苦悩に苛まれながら、下を向いて生きるのは簡単だ。しかし自分にとって行くべき世界がどこにあるのかを指し示す直感を目の当たりにしたのなら、人間はもはや燃え盛るように生きずにはいられない。

 

 

・大学時代のぼくの2番目の恋について

大学時代、ぼくは片思いしているノンケの友達に膝枕されるのが好きだった

大学時代、片思いしているノンケの親友の幸せはぼくの地獄となることを知った

両思いに!大好きなノンケの親友に告白したら毎日「好きだよ」と抱きしめてくれるようになった

大学時代、ノンケの彼とゲイのぼくは会うたびにキスするようになった

ノンケの親友と愛し合いながら、彼は同性愛と異性愛の狭間で不安定にもがき苦しんでいた

ノンケの彼とゲイのぼくは、どんなに好きだと抱きしめ合っても恋人同士にはなれなかった

ゲイのぼくとノンケの彼は、お互いの部屋の合鍵を交換して恋人のように逢瀬を重ねた

言われるはずのない同性愛の人生の中で、ノンケの彼はゲイのぼくに「愛してる」と告げた

ノンケの親友とゲイのぼくは、同じ果実を男同士で触り合って同じ快楽と幸福を感じた

大学時代ノンケへの片思いを通して、ゲイのぼくは叶うはずがない運命の恋でさえ叶う瞬間があることを知った

ノンケの彼はぼくを好きだと抱きしめながらも、女の肉体を探し求め続けた

ノンケの彼には、ぼくとの同性愛的体験を受け入れる覚悟と誠実さがなかった

ノンケの彼との恋愛がつらく苦しすぎて、ぼくは通常の学生生活が営めなくなっていった

大学の留年を機に、ゲイのぼくとノンケの彼は少しずつ離れていった

ノンケの親友に失恋!ノンケの彼はゲイのぼくを裏切って彼女を作った

ノンケの彼と別れて、彼の部屋の明かりを見るだけでぼくの心は泣いていた

別れたくても別れられない…大好きなノンケの彼に呼ばれると、ぼくはすぐに彼の元へ舞い戻った

裏切られ続けたぼくは狂人となって、彼女と過ごすノンケの彼の部屋を訪ねることさえ恐れなかった

同性愛者として生まれた水色の少年は、この人生で幸せにはなれないのだと悲しい覚悟をした

ぼくを裏切って終わりなき悲しみを注ぎ込んだのに、ノンケの彼は自分の方が孤独だと言ってうなだれた

ノンケの彼の鞄からコンドームが出て来たけれど、ぼくは悲しみも絶望も何も感じなくなった

「自分だけ幸せになりたかった」とノンケの彼は告白し、それ以来ぼくは彼の部屋を訪れることはなかった

ノンケの彼がゲイのぼくと恋愛しても何ひとつメリットなんてないから、彼の「好き」という言葉を尊いと感じた

Facebookのレインボーアイコンの意味とは?ノンケの彼と別れた後、彼のプロフィール画像はずっと虹色だった

シベリア鉄道の旅でぼくを寒さから守ってくれたのは、大好きなノンケの親友がくれた手袋だった

 

 

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