シベリア鉄道の旅でぼくを寒さから守ってくれたのは、大好きなノンケの親友がくれた手袋だった

 

シベリア鉄道の旅でぼくを寒さから守ってくれたのは、大好きなノンケの親友がくれた手袋だった

・大学時代、ぼくは片思いしているノンケに膝枕されるのが好きだった
・大好きなノンケの親友に告白したら毎日「好きだよ」と抱きしめてくれるようになった
・ノンケの親友とゲイのぼくは、同じ間実を男同士で触り合って同じ快楽と幸福を感じた
・ノンケの彼とゲイのぼくは会うたびにキスするようになった
・性別を超越して愛し合うことにはきっと深い意味があった
・女の肉体を求めて燃え盛るノンケの彼の本能に抗うことはできなかった
・魂を滅ぼされたぼくは心の羅針盤が旅を指し示していることを直感した
・ぼくは自分自身の魂を救うため異国の旅へと出離した
・シベリア鉄道の旅でぼくを寒さから守ってくれたのは、大好きなノンケの親友がくれた手袋だった

・大学時代、ぼくは片思いしているノンケに膝枕されるのが好きだった

大学時代、同性愛者のぼくは同級生の異性愛者の男の子を好きになった。彼が異性愛者であることは明白な事実だったので、彼に恋をしていることが絶対に知られないよう、叶わない思いを秘めながら普通の親友としてふるまうことをぼくは選んだ。けれど大学生活のほとんどの時間を彼と一緒に過ごして親密になっていくうちに、ぼくは自然と彼に膝枕してもらって甘えたり髪を撫でてもらうような関係になって、「親友」という言葉の範囲を逸脱し始めた。部屋で2人きりの時、ぼくはいつも彼に甘え、彼はそれをいつも受け入れてくれた。そして慣れると彼もぼくに甘えてくるようになった。それが親友でも恋人でもない不思議な関係であるということは言葉にしなくても感じられたし、誰にも言えない秘密の関係だと2人はわかっていた。

大学時代、ぼくは片思いしているノンケの友達に膝枕されるのが好きだった

 

 

・大好きなノンケの親友に告白したら毎日「好きだよ」と抱きしめてくれるようになった

次第に好きな気持ちが抑えられなくなってしまったぼくは、彼に甘えている時に思わず小さな声で「好き」と呟いてしまった。それは親友でも恋人でもない曖昧な2人の関係を打ち砕く、恐ろしくも必要不可欠な告白だった。けれど若くて健全な欲望に支配され女の肉体を求めてやまない彼が、男の肉体を持つぼくに「好き」だと返してくれるはずもなかった。それは切なる願いであると同時に、おとぎ話であり、夢物語だった。

それでも苦しみと嘆きの中で必死に生きていると人は、知らず知らずのうちにありえない世界への扉をこじ開けてしまうことがある。ぼくにとってそれは、大好きな異性愛者の彼に愛されるという世界だった。数日後、彼はぼくに恥ずかしがりながら「大好き」だと告げてくれた。言われるはずのない奇跡のような尊い言葉を、ぼくは彼から受け取った。それ以来ぼくたちは出会う度に「好き」だと言って抱きしめ合うようになった。もはやぼくたちがただの親友同士の関係ではないことは明白だった。

両思いに!大好きなノンケの親友に告白したら毎日「好きだよ」と抱きしめてくれるようになった

 

・ノンケの親友とゲイのぼくは、同じ間実を男同士で触り合って同じ快楽と幸福を感じた

抱きしめ合う度にお互いの熱く固くなった果実が当たり、ぼくたちはそれを服の上から触り合って遊んだ。そしてその手が次第に服の中へと入り込み、濡れた果実が弄ばれてしまうのに時間はかからなかった。彼はよくぼくに男の果実の名前を言わせて喜んだ。それは彼がそうすることで、恥ずかしがるぼくの姿を確かめられるからだった。女の肉体を激しく求める彼が、ぼくの肉体に発情するはずもないのに、握り返すと彼の果実はぼくのと同じように熱く震えていた。

ノンケの親友とゲイのぼくは、同じ果実を男同士で触り合って同じ快楽と幸福を感じた

ノンケは男の体に興味を持ったり発情しないというのは本当か?

 

・ノンケの彼とゲイのぼくは会うたびにキスするようになった

愛しさは止まらず、ぼくは彼の首にふざけているかのような素振りでキスをした。気付かれるのか気付かれないのかわからないような淡く曖昧なキスだった。どんなに好きだと言葉を交わし合っていても、いつも強く抱きしめ合っていても、果実を優しく慈しみ合っていても、彼とキスをすることが異性愛者である彼の中で許される行為なのかわからずに怯えていた。しかしそのおそれさえ超越してくれたのは彼だった。彼は恋人にするようにぼくの頬にキスを返し、そして優しく髪を撫でてくれた。ぼくは彼から、ぼくたちならば男同士でも、頬にキスをしていいのだということを自然と教わった。そしてそれは誰にも言えない2人だけの秘密だった。ぼくたちはさよならの時には玄関で強く抱きしめ合って、そしてキスをして別れるのが習慣になった。

大学時代、ノンケの彼とゲイのぼくは会うたびにキスするようになった

 

・性別を超越して愛し合うことにはきっと深い意味があった

もしもぼくたちが男と女だったとしたら、ぼくたちが恋人の関係であることは明白だっただろう。けれどぼくたちは男同士だった。それはある意味では男と女であることよりも尊い関係性だったのかもしれない。男と女が結びつくことは当然のことだ。それは男と女が互いに発情し、子孫を残すよう太古から動物的な本能でプログラムされているからだ。男と女が発情することは、この世の人々のほとんどがそうであることから異常だとは見なされず、おかしいと指摘されることもないので、ある意味堂々と胸を張って発情することができる。

しかし男と男が求め合うとなると、話は別だ。ぼくたちは知らず知らずのうちに浮世の中で、男同士が愛し合うのはおかしなことだと否定的な思考を浴びせられ続けてきた。彼は女の肉体を求める男だった。だからこそ彼は正しい世界の中で、正しい人間として傷つくことなく生きることもできた。何も男であるぼくを好きだと慈しみながら、異常な世界へと踏み込む必要なんてなかったのだ。けれど彼は正常な世界と異常な世界の境界線を超越し、ぼくに好きだと言ってくれた。抱きしめてくれた。キスしてくれた。そしてぼくたちは生まれて初めて、熱く濡れた果実を触り合った。

ぼくを愛しても彼にとってはいいことなんてないのに、異常な世界に怯えて傷ついてしまうだけなのに、それでも敢えてぼくと同じ秘密の世界の中でお互いに愛し合えたことを、ぼくはとても尊いことだと感じた。そして男同士なのにあらゆるおそれを乗り越えて、運命のように自然と求め合うこの感覚を知ることこそが生きる意味だと感じられた。ぼくたちは同じ肉体を持ち、同じ肉体を慈しみ合うことで、魂から求め合っているのだと確信した。

ノンケの彼がゲイのぼくと恋愛しても何ひとつメリットなんてないから、彼の「好き」という言葉を尊いと感じた

 

・女の肉体を求めて燃え盛るノンケの彼の本能に抗うことはできなかった

けれど魂を包み込む淡い炎は、若く健全な彼の男性的肉体を支配する赤黒い本能の炎に打ち勝つことはできなかった。ぼくを好きだと抱きしめながらでも、彼の肉体は常に生殖相手である女の肉体を求めていた。童貞の彼は早く女の肉体の感触を知りたいと常に切望し、女の肉体の中に自らの遺伝子を含んだ液体を注ぎ込みたいと強く願いながら、その快楽を夢想していた。それは若い男なら誰もが共通してそのようになるところの発情の有様であり、誰も根源から燃え盛る男性の炎を消すことなどできなかった。むしろ男である彼に「好きだ」と言われて抱きしめられることが、涙が出るほどに幸福だと感じられるぼくの特殊な発情の方が、正しすぎる彼の大いなる発情の前では過ちとして霞み、消されてしまいそうだった。

ノンケの彼はぼくを好きだと抱きしめながらも、女の肉体を探し求め続けた

ノンケの彼には、ぼくとの同性愛的体験を受け入れる覚悟と誠実さがなかった

ノンケの彼との恋愛がつらく苦しすぎて、ぼくは通常の学生生活が営めなくなっていった

ノンケの親友に失恋!ノンケの彼はゲイのぼくを裏切って彼女を作った

天空の炎と根源の炎

ぼくと彼は何度も傷つけ合いながら、別れたり戻ったりを繰り返し、それでも彼の女の肉体を求める根源の赤黒い炎を絶やすことなどできないと思い知らされたぼくは、はじめから勝てないと分かりきっていた戦争で八つ裂きにされ、結局は魂を滅ぼされたような感覚を味わった。自分はもう死んでしまったんだ、自分はこの世にいないのも同じなんだという水色の感性は、やがてぼくを流浪の旅へといざなっていった。それはまさに日本の伝統芸能「能」の世界観のようだった。「能」の中では、ワキという何もかもを喪失し世を捨てて旅に出ざるを得なくなった旅人が、シテという異界の者と出会うことで物語が展開されるのだという。ぼくはまさに「能」の中のワキの役割として、異国へと放浪の旅に出なければならないと直感していた。古代日本から「能」の中で受け継がれてきた”何もかもを喪失して世を捨てる旅人”の魂が、まさに運命的にぼくに乗り移るのを感じていた。

 

・魂を滅ぼされたぼくは心の羅針盤が旅を指し示していることを直感した

彼と別れてから、ぼくはただひたすらに自分の魂を救い出す方法を求めていた。その他の知識や学問は、どんなに金を稼げようが社会的地位を獲得できようが、心の底からどうでもよかった。ぼくはただ、人を愛することで滅ぼされたぼくの魂をもう一度蘇らせてやりたかった。そして生まれてきてよかったと、生きていてもいいのだと、ぼくはぼくに少しでも笑っていてほしかった。医師になってからも、医学の中にぼくの魂を救い出す知恵はないと感じたぼくは、心の羅針盤を旅へと向けていた。医学を深めるくらいならば異国の旅を深めた方が、ぼくはまだ、自分自身の魂を救い出す望みがあると感じた。ぼくは医師として労働しながら貯金し、やがて世界放浪の旅へと出かけた。

同性愛者として生まれた水色の少年は、この人生で幸せにはなれないのだと悲しい覚悟をした

ぼくには自らの魂を救済する使命があり、労働という下らないまやかしに巻き込まれている暇はない

医者になって誰かの命を救うよりも、まず自分の魂が救われることをぼくは願った

 

 

・ぼくは自分自身の魂を救うため異国の旅へと出離した

ぼくの最初の壮大な旅は「シベリア鉄道の旅」だった。ロシアの極東の街・ウラジオストクへと移動し、そこからシベリア鉄道に乗って、世界一深いバイカル湖を見るためにシベリアのパリ・イルクーツクで途中下車し、その後首都のモスクワや華やかなサンクトペテルブルクを巡って、ロシア最後の目的地としては北極圏のムルマンスクへと降り立った。ムルマンスクでは街中からでもオーロラが見えるということだったが、残念なことに見えなかったので先を急いだ。

そのまま陸路でフィンランド北部へと入り込み、1ヶ月に渡るロシアの壮大な旅を終えてそのままヨーロッパ周遊の旅を開始した。フィンランド北部のロヴァニエミで人生初のオーロラを観測し、南下してフィンランド第2の都市・タンペレ、首都のヘルシンキへと旅を継ぎ、そこからは船に乗ってバルト三国へと進入した。エストニア、ラトビア、リトアニアを旅した後は、チェコ、ポーランド、ハンガリー、オーストリア、スイス、フランス、ベルギー、オランダを巡り、最終的には丁度100日間の旅を終えて日本へと帰国した。

ぼくがこの「シベリア鉄道の旅」を敢行したのはまさかの真冬。真冬のヨーロッパは寒くて暗くて陰気だった。特にロシアのシベリアはこれまでの人生で経験したことのないほどの氷点下2桁の寒さに襲われた。顔が氷のように固まり、指もかじかんでスマホすらいじれないほどだったが、そんな「シベリア鉄道の旅」の中でずっとぼくの手を温めてくれていたのは、他でもない彼からもらったクリスマスプレゼントの手袋だった。彼とはもうとうの昔に別れて、彼のことを思い出すことすら少なくなってきたのに、今ぼくの手をヨーロッパの寒さから守ってくれているのは紛れもなく彼なのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。

裏切られ続けたぼくは狂人となって、彼女と過ごすノンケの彼の部屋を訪ねることさえ恐れなかった

 

 

・シベリア鉄道の旅でぼくを寒さから守ってくれたのは、大好きなノンケの親友がくれた手袋だった

彼はぼくにたくさんの幸福と絶望を与えた。そして最後まで残されたのは終わりのない絶望だけだった。ぼくの魂は彼によって粉々に滅ぼされ、もはや立ち上がることすらできないと感じるほどだった。今でもぼくは、自分が本当に生きているのかどうかわからなくなる。悲しみを数えれば途方もないけれど、それでも彼がぼくにこれ以上にない幸福をもたらしてくれたこともまた事実だった。愛する人から愛していると言われることのない人生だと、自分が同性愛者だと自覚した時から覚悟していたのに、そんな覚悟は悲しすぎると彼はぼくの宿命を打ち砕き、ぼくにあるはずのない美しい景色をたくさん見せてくれた。

好きな人に好きだと言われること、好きな人と抱きしめ合うこと、好きな人とキスをすること、好きな人と快楽を共有すること、そんな他人にとっては当たり前の思い出が、同性愛者のぼくにとっては訪れるはずもない大いなる奇跡だったのに、その全てを彼はぼくに与えてくれた。彼もそれによってぼくと同じように、信じられないほどの幸福を感じていたのだろうか。初めて好きだと交わす人が、初めて抱きしめ合う人が、初めてキスをする人がぼくだったことを、ぼくと同じように彼も誇りに思ってくれているだろうか。ぼくは彼にこの世にあるはずもない美しい日々を与えられすぎたのかもしれない。だからこそその代わりに、彼に魂を滅ぼされたのかもしれない。

彼に与えられた絶望だけがぼくの意識を支配するけれど、だからといってその前に与えられた大いなる幸福がなかったことになるわけでは決してない。ぼくは自分自身の魂を取り戻し、彼に与えられた宝石たちをひとつひとつ拾い集めて思い出さなければならない。絶望に支配される日々を抜け出して、彼に与えられた奇跡たちと恐れることなく向き合うことができたなら。

どんなにぼくに絶望を注ぎ込んでも、どんなにぼくの魂を滅ぼそうとも、あの頃の揺るぎない幸福を誰も穢すことなどできない。まるで金剛石のような永遠の光は、魂があらゆる闇に飲み込まれようとも必ず根源に宿り続けるだろう。あの人はぼくに魂が滅びるほどの終わりなき悲しみを注ぎ続けたけれど、最後までぼくに残ったのは、あの人がくれた手袋のぬくもりだった。凍てつくようなシベリアの氷の大地は、ぼくが同性愛者として歩んでいく孤独な運命の世界を暗示していた。そして手袋のぬくもりは、そんな暗闇の世界でたったひとりぼくに手を差し伸べてくれた、光のような彼の愛を象徴していた。

どんなに時を隔てても、あの人はぼくのことを見守ってくれた。どんなに国が変わろうとも、あの人はぼくの旅路を導いてくれた。確かに肉体は離れ離れになってしまったけれど、魂は途切れずに深い縁が刻まれている。ぼくがあなたを思い出すとき、あなたもぼくを思い出すだろうか。あなたがぼくの夢を見るとき、ぼくもあなたの夢を見るだろう。夢の中で抱きしめ合った時、魂は本当に巡り会っている。なぜなら魂はぼくたちの愛と同じように、時間も空間も超越する揺らぎを持つのだから。

 

 

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