合鍵という物質に込められた、言葉にならない思いが壊れてしまうのが怖かった。
ゲイのぼくとノンケの彼は、お互いの部屋の合鍵を交換して恋人のように逢瀬を重ねた
目次
・大学時代、ぼくは同級生のノンケの男の子に片思いしていた
大学時代、ぼくは同級生のノンケの男の子に片思いしていた。ぼくが耐えきれずに彼に「好き」だと告げると、不思議なことに彼もぼくのことを「好き」だと言って抱きしめてくれるようになった。2人の関係は次第に深まり、会うたびにキスをして、お互いの果実を触り合って、同じ快楽と幸福を得るまでになった。ぼくたちの関係は、誰にも言えない2人だけの秘密だった。
・ぼくは彼に、彼はぼくに部屋の合鍵を渡した
ぼくたちの部屋は、歩いて1分ほどの近所だった。ぼくは毎日彼の部屋に通い、彼がぼくの部屋をたまに訪れた。会う場所なんてぼくたちには重要じゃなかった。どこで会おうと同じように、魂が求めるままにふるまうだけだった。
ある日彼はぼくに、彼の部屋の合鍵を渡した。次の日の朝に彼の部屋へ来て、彼を起こしてほしいという理由だったけれど、そのままずっと合鍵を持っていていいと言われた。いつでも彼の部屋に入れる合鍵をぼくに渡してくれるほど、彼がぼくを信頼してくれていることが嬉しかった。そしてそのままずっと合鍵を持っていてもいいと言われたことが、まるで恋人になれたような気がして愛しく感じられた。後日ぼくは理由もないのに、彼にぼくの部屋の合鍵を渡した。彼は何も言わずに、当たり前のように自然とぼくの部屋の合鍵を受け取った。
・ぼくは毎朝彼を起こすために合鍵を使って部屋を訪ねた
朝起こしに来るためにだなんて、合鍵を渡してくれる口実かと思われたけれど、実際に彼は目覚まし時計を使っても起きることができないほどだらしのない人だったので、ぼくが毎朝彼を起こしに行って彼の学生生活に役立っていた。ぼくも朝起きるのは苦手な人間だったけれど、好きな人のために頑張って早起きして彼を起こしに行っていた。好きな人に会えるのならば早起きなんて全然つらいことじゃなかった。むしろぼくが起こしに行くと、そのまま抱きしめてくれたまま少しの間ベッドで一緒に眠れるので、ぼくは朝早く彼の家へ行くことに幸福を感じていた。
散々起こしても彼が起きないときは、ぼくが授業に間に合うように出て行こうとすると、引き止めるようにぼくを掴んで離さない彼が可愛かった。
・ゲイのぼくとノンケの彼は、お互いの部屋の合鍵を交換して逢瀬を重ねた
ぼくと彼は、朝だけでなく夜になっても彼の部屋で共に過ごした。合鍵でお互いの部屋を行き来して、「好き」だと言って抱きしめ合って、キスをして、誰にも触らせない大切な果実を触り合って、もはやどう見ても恋人同士にしか見えなかったけれど、ぼくと彼が同じ男の肉体を持っているということだけで、恋人だと名付けられることは許されなかった。
同性愛の行為をしていることは確実であり、それを十分彼もわかってはいるけれど、それを敢えて「同性愛」という言葉で表現してしまうことで、自分がそうだという事実を目の前に突きつけられその恐怖に苛まれることは、ノンケの彼にとっては耐えられない重圧だと感じられた。ぼくもそれを察していたので、なるべく言葉にしないまま、ただ言葉にならない秘密の関係を慈しんだ。
言葉なんて重要じゃなかった。そして言葉にしてしまえば壊れてしまう可能性があることも、言葉の恐ろしさのひとつだと感じた。言葉にさえしなければ続けられる美しい秘密が、言葉にしてしまえばたちまちにして消え失せてしまうかもしれないなんて滑稽なことだった。言葉は真実を何も指し示さず、むしろ真実を破壊してしまう偽物だとも感じられた。それでも「大好きだよ」と彼から言葉で伝えられることは、何よりも嬉しかった。その言葉が嘘なのか本当なのかは、彼の魂の奥底を見透せば容易くわかることだった。
合鍵をくれたことにだって、言葉は必要なかった。それを交換し合うことには確実な意味が含まれていたけれど、それを言葉で表現しても野暮なこととして終わるだけだった。彼がぼくに合鍵を渡した、ぼくも彼に合鍵を渡した。それだけのことだった。その合鍵に含まれた尊い意味を、言葉では何ひとつ語らずに、ただ感じ取り信じ合うだけだった。語らないからこそ立ち現れる秘められたお互いの気持ちを、ただ確かめ合うでもなく自然と理解し分かち合った。言葉にしがみつくのは用心深く臆病な生き様だった。ぼくたちは恐れを知らず、言葉を超越して生命として対峙していた。
合鍵という物質が指し示す膨大で複雑な意味の内包を感じながら、ぼくは彼の部屋のドアを開けるときに嬉しさと恐ろしさを感じていた。
・大学時代の2番目の恋について
・ぼくの高校時代の初恋について
・同性愛について