浜崎あゆみA Song for XXのXXとは浜崎あゆみの母親のことである

 

”人を信じることっていつか裏切られ”

浜崎あゆみA Song for XXのXXとは浜崎あゆみの母親のことである

・浜崎あゆみの名曲「A Song for XX」

浜崎あゆみの名曲に「A Song for XX」という歌がある。これは彼女の1stアルバム「A Song for XX」の2曲目に収録されている、彼女の1stアルバムの表題曲である。また彼女の最大のヒット作であるベストアルバム「A BEST」の1曲目にも再録で収録されている。ついでに言えばバラードベストアルバム「A BALLADS」にも「A Song for XX」は収録されており、こちらはロックヴァージョンである。

1stアルバム「A Song for XX」の「A Song for XX」は初期のか細い感じの声、「A BEST」収録の「A Song for XX」は全盛期の透き通った苦しそうな声、「A BALLADS」のは迫力ある激しい声と、それぞれに違った聞き応えがある。それらを聴き比べてみるのも面白いかもしれない。

人を信じることっていつか裏切られ
はねつけられることと同じと思っていたよ
あの頃そんな力どこにもなかった
きっといろんなこと知りすぎてた

ひとりきりで生まれてひとりきりで生きていく
きっとそんな毎日が当たり前と思ってた

 

(この記事は著作権法第321項に則った適法な歌詞の引用をしていることを確認済みです。)

その孤独で痛烈な歌詞に共感する人も多く、またその歌詞をまとめ上げた先にある「A Song for XX」という曲の題名が気になる人もたくさんいるだろう。「XXのための歌」。一体、XXとは誰のことなのだろうか。

 

 

・歌はアーティストの個人的な体験から生まれる

アーティストが作詞するときには、大抵がそのアーティストの個人的な体験が元になっていることが多いだろう。けれどもぼくたちはその歌詞に共感し、心が共鳴し、感動し、そのアーティストに惹かれていく。それゆえに、彼女にとってのXXが誰かという問題は、さほど重要ではないように思える。浜崎あゆみにとってのXXが誰であろうと、聞き手であるぼくたちが自分の生活や人生に照らし合わせて自分の中でXXに誰かを当てはめて、自分の歌として聞くということが、歌というもののふさわしい聞き方となるだろう。

そのようにしてたったひとりのごく個人的なアーティストの思いや言葉が、歌として人々の波間に投げかけられることによって、大きな広がりを見せ多くの人々の心に宿り、最終的に時代を超えて語り継がれ聞き継がれるようになれば、それは歌という創造物の大きな醍醐味となるだろう。

ぼくたちは皆浜崎あゆみの「A Song for XX」を聞くときにはいつも自分自身のXXを持っており、それを通して彼女の歌が人々に聞かれることは、彼女の願いなのかもしれない。それゆえに彼女はぼくたちにXXという空白を与えたのかもしれない。

 

 

・浜崎あゆみA Song for XXのXXとは浜崎あゆみの母親のことである

とは言っても「A Song for XX」のXXが浜崎あゆみにとって誰のことであるかを、彼女は自分のラジオ番組浜崎あゆみのオールナイトニッポンでしっかりと明かしている。その内容は以下のようなものだった。

 

ナレーション『目を閉じると、ラベルのはげ落ちた黄色いカセットテープが見えた。少し芝居がかった女性の語りと、森の動物たちの楽しげな会話。多分、何かの童話だったように思う。そして、物語が終盤にさしかかったころ、一緒に聞いていたはずの母親の姿が見えない。庭先で響いたクラクションに、窓の外をのぞくと、そこにはボストンバッグをかかえ、玄関を出ていく男の背中を見送る母親の姿があった。これが、彼女の中にある、最も古い記憶だ。

1978年10月2日。福岡で生まれた、浜崎あゆみ。小さい頃から人見知りが激しく、他人とコミュニケーションを取るのが、苦手な子供だったという。彼女を理解するには、彼女にとってたった一人の家族だと言える、彼女の母親について話しておくべきだろう。彼女の母親は、母親である事よりも、一人の自分として生きている女性だった。保育園に娘を迎えに来るのは、どの母親よりも遅いくせに、若さと派手さにかけては、どの母親よりも上。ある意味で、それは自分勝手な母親と言えるのかもしれない。

しかし、娘である浜崎あゆみにとって、彼女は、最初から、母親でも家族でもなく、「マミー」という、まったくオリジナルの存在だった。手料理を食べたこともない。一緒に眠ったこともない。ましてや、寝物語に童話を読み聞かせるなどという、どこの子供にもあるような当たり前の風景も、浜崎あゆみとマミーの間にはない。浜崎は言う。「マミーはいつも泣いていた。でも、どうして泣いているかを尋ねたことは、一度もない」という。お互いに、たった一人の家族でありながら、そういう絆を、どちらからともなく拒否してきた浜崎あゆみとマミー。常に一定の距離を保っての生活の中で、彼女は学んだ。「一人きりで生きていく」ということを。「知らない方がいいこともある、知っちゃいけないこともある」ということを…。

ところで、彼女は父親の顔を知らない。もちろん、母親に、家にいない父親についての何かを尋ねたことなど、一度もない。でも、浜崎あゆみは知っている。彼女の中にある、一番古い記憶。あの日、黄色いカセットテープを聞きながら、窓の外に見た風景こそ、両親が離婚する瞬間だったのだということを。マミーが黙って見送った男性こそ、自分の父親なのだということを。そのことに気付いてから、彼女は来る日も来る日も無機質な子供部屋で、一人、あの黄色いカセットテープの中の物語を、繰り返し聞いたという。少し芝居がかった女性の語りと、森の動物たちの、楽しげな会話。しかし、あれほど聞いたはずなのに、今では、あの物語がどういうものだったのか、まったく思い出せない。浜崎あゆみが、その小さな手で、何度も何度もラジカセのスイッチを押しながら、繰り返し、聞いていたものは、一体、何だったのだろう。もしかすると、彼女はその答えを探し続けながら、今日も一人きりで歌い続けているのかも知れない』

浜崎あゆみ「えー、今、聞いていただいたのはですね、あゆの子供の頃のことなんだけど、みんな、どう思ったかなぁー?と思うんですけど。別に、あのー、ドラマチックにしようと思ってとかね、そういうのは全然なくて。あの、正直に、こっちのスタッフの方に、お話しして、みなさんが作っていただいたテープなんですけれどね。まぁよくあるバラ珍みたいなトーンだよね。そういうドキュメンタリーのような感じって言われるんだけど、あゆにとっては、別に、これが、すごく普通で、お父さんがいないっていうこととか、うちの両親が離婚したっていうことは、特別な事だとは思ってなくて、すごく普通なことだと受け止めてきてて。

で、うちの母親の歳もね、あゆは知らなくて。マミーに、『今、いくつなの?』って聞いたこともないし、多分、聞いても、彼女は、『えー、あたし、25』とか、多分、そんな感じで返してくると思ってるから、聞いたことないんだけど。格好もすごく派手でねぇ、みんなによく『お姉さんですか?』って言われるような外見の人で。すごく、自分勝手に生きてて、良く言えば、すごく自由に生きてる。あゆっていう娘がいることを、忘れてるのか、気にしないようにしているのかわかんないけど、すごく自由に、一人の女性として生きてるって感じがして。あゆにとってはね、この20年間、「お母さん」っていう風に感じたことはなくて、いつも、「マミー、マミー」って呼んでて。それは、名前が「まゆこ」っていうからっていう理由からでもあるんだけど、「マミー」って呼んでたのね。で、マミーをね、すごく、あの、あゆの面倒とかを見たり、自分の親の面倒を見たりとかする人じゃなかったんだけど、その代わり、あゆが、すごく悪いことをしたり、すごくいいことをしたりした時に、怒らないし、ほめない。ほんとに何も言わなかった。だから「あ、あゆも自由にやっていいんだな」って、だから、あの人はあの人で「自由に生きてるんだなぁ」と思ってたし、そう解釈してたのね。

で、中学の時にね、あゆがあんま学校に行ってなかったのね。で、普通に言えば、まぁ何だろうな?学校にあんまり来ない子。ヤンキーだったり不良だったりするのかな?別にそこまでいってたつもりはないんだけど、先生から家に電話があって。ちょっと浜崎さんね、最近学校来ないんで、なんとかしないといけないってんで、うちの親が呼び出しかかったんだけど、うちの親はね『じゃわかりました。すぐ行きます』って言って、電話切ったのね。しばらくすると、あゆが職員室で待ってるじゃない。そうすると、うちの担任の電話が鳴るのよ。

そしたら、うちの親がね『すいません、私、おなか痛くなっちゃって行けないの。ごめんね』って言って、電話切っちゃったんだって(笑)。そんで、『お前のお母さんはね、どうなってるのかわかんないけど、お前もかわいそうだな、大変だな』って言うのよ、うちの担任が。それが何か、妙にくやしくてね「あんたうちの母親の事知らないくせに、なんなのよ」と思って、くやしかったんだけど、まぁ別に、そんなマミーをあゆは、腹が立つとも思った事はなくて。確かに、周りの人はすごく色んな事言った。うちの隣に住んでたおばさんとかね、同じマンションの人とかは、ほんとに、あそこのね、子供とは付き合うのやめなさいとか、すごく言われて、転校させられそうになった事も、何度もあったの。『友達になるのやめなさい』って言われて。それを、あゆは悲しいと思った事もないし、そう言われて友達でいるのをやめようと思う人がいるなら、それでいいと思ったし。それを悲しいと思った事はなかったけど、あゆは、何だろう……マミーが、そういうね、マミーがそういう態度を取っている事によって、あの人はあの人なりに、一生懸命、きっとそういう孤独な愛情の中で育ってきた人なんだと思ったし、あゆに対しても、私は、あゆのことは何も干渉しないよって、私は自由に生きていくし、その代わりあなたも自由に生きていきなさいって、あなたが何かをした時は、あなた自身が責任を取りなさいって言われてるような気がしたから、すごくあの人の生き方に納得ができてて。最近、もう、全然会わないし、話したりもしないんだけど。

でも、すごく、いろーんな意味で、今になってみれば、この年になってやっとね、私はあの人から学んだ事が、すごく多いし、浜崎まりこという、一人の女性として、私は20年間、あの人を見て生きてきて、あたしはこんな風な人間になりたくないと思ったし、あたしはこの人と同じような間違いはおかしたくないと思ったし、そういう意味で、母親から学んだ事はすごく多くて。ごめんね、鼻声で。好きな所も、嫌いな所も、はっきり言って、ひとつもなくて、それは多分、あの人を一人の人間として見たこともないからだと思うんだけど。

えーっとですね、これは、1stアルバムのタイトルにもなっている、”A Song for XX”、バツバツということなんですけど、このバツバツのところは、みんなの好きな言葉を入れてくれってことなんだけどね。まっ聞く人は、分かる人には分かると思うんだけど、今、話した本人のことをね、あゆなりに、「詞」にしてみましたので聞いて下さい。浜崎あゆみで、”A Song for XX”」

 

浜崎あゆみは自らのオールナイトニッポンの中で、彼女にとっての「A Song for XX」のXXは彼女の母親であることを明かしていた。

 

 

・1stアルバムから変わらない浜崎あゆみの姿勢

彼女はこれまでも「A Song for XX」のXXの正体のように、曲の核心的な部分を自分自身でしっかりと説明してきた歴史を持っている。

2019年8月1日、浜崎あゆみ公認の彼女が主人公の小説「M 愛すべき人がいて」が出たらしい。なんと彼女の所属するエイベックスの社長・松浦勝人(マックス松浦)との過去の実際の恋物語のようだ。小説の中では彼女の初期の名曲たちと、彼女の実際の松浦勝人との恋が連動して描かれているという。

インターネット上には否定的なコメントであふれている。彼女のファンたちは彼女の数々との名曲たちに自分自身を投影し、その思い出を大切に持っている。その曲の内容が松浦勝人との恋についてだと種明かしされたところで、具体性が増しすぎて気持ち悪いという意見もある。

しかし既述したように、彼女が自分の歌詞を書くときに彼女の個人的な体験が元になっていることは至極自然なことだし、その具体性が隠されることによって、人々にとっての個人的な歌へと広がっていくことは歌という創造物の自然な成り行きである。そして彼女はこれまでも「A Song for XX」の時のように、自らの個人的体験をファンに語りかけ、自分にとっての「A Song for XX」の明確で詳細な内容を伝えることを恐れなかった。そのような歌に対する一貫した姿勢が、デビューしたての20年前の「A Song for XX」から今回の「M 愛すべき人がいて」でも貫かれていただけだというだけではないだろうか。彼女は何ひとつ、1stアルバムの頃から、意外と変わっていないのかもしれない。

 

 

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