ゼーレと碇ゲンドウの目的と思想の違いを徹底考察!サードインパクトを起こしたいのは同じなのになぜ対立するのか

 

エヴァンゲリオンの設定は難しすぎるから考察してみたよ!!!!!

ゼーレと碇ゲンドウの目的と思想の違いを徹底考察!サードインパクトを起こしたいのは同じなのになぜ対立するのか

・ゼーレと碇ゲンドウは同じサードインパクトを引き起こしたいのになぜ対立しているのか?
・物語の途中でサードインパクトとは何かを決して定義できない
・サードインパクトを引き起こしたいゼーレの思想
・サードインパクトを引き起こしたい碇ゲンドウの思想
・なぜロンギヌスの槍が碇ゲンドウの計画の妨げとなるのか?
・まとめ表

・ゼーレと碇ゲンドウは同じサードインパクトを引き起こしたいのになぜ対立しているのか?

最近人生で初めてエヴァンゲリオンというアニメ作品を鑑賞した。1995年〜1996年にかけて放送されたエヴァンゲリオンと、その続きである「THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に」を見ていると、1回見ただけでは腑に落ちなかったり疑問に思う箇所が多々出てくる。ぼくが最も不思議に思ったのは、ゼーレも碇ゲンドウも同じ「サードインパクト」を引き起こすという点で同じ方向を向いているのに、なぜ対立しているように描かれているのかということだ。漫画版にも

望む方向は違うけれど、ゼーレも碇ゲンドウも未だサードインパクトを望んでいる。エヴァは補完計画の鍵を握っている。

と言及があるように、両方ともサードインパクトの発現を狙っているのは間違いないと言い切れるだろう。同じものを求めているのに対立しているのは方向性の違いが原因だというが、では具体的にはどのように方向性が対立しているのだろうか。

 

 

・サードインパクトを引き起こしたいゼーレの思想

注意深く物語を見ていくと、ゼーレと碇ゲンドウは全く異なる思想を持っていることがわかる。まずはゼーレの思想から。

ゼーレに見られるのは神への忠誠心と信仰心であり、宗教的な観念が色濃く反映されている。ゼーレのメンバーには外見的に白人的なメンバーのみが映っているのも、ゼーレの思想に西洋諸国の宗教的観念の反映を思わせる。

「偽りの継承者、黒き月より生まれし我らが人類。この地に無節操にはびこり、お互いを理解できぬまま憎しみあい、傷つけあうことしかできぬ愚かな生き物。偽りの継承者であるがため未来に行き詰まった我々に残された希望はただひとつ、神の子として正当な継承者に生まれ変わること。」

「人は愚かさを忘れ同じ過ちを繰り返す。自ら贖罪を行わなければ人は変わらぬ。我々の手で未来へと変わるしか道はない。」

というのは漫画の中のゼーレのセリフである。エヴァンゲリオン物語全体を把握してこのセリフを解釈すると、そもそも人間には「原罪」がある。それは神の意志に背いて「知恵の実」を食べてしまったということだ。知恵の実を食べてしまった人間がさらに「生命の実」まで食べてしまうと神と同じ存在になってしまうことを恐れた神は、人間を楽園から追放した。その結果、人間は欠乏感を感じ愚かな生き物と成り果て、未来に行き詰まりを感じている。もはや原罪を持った偽りの継承者としてこのまま未来へ進むことはできない。

そこで「贖罪」が登場する。贖罪とは自らの罪を償うことであり、よく見かけるキリストが十字架に架けられている宗教画は、全ての人間の原罪を神の子(キリスト)が背負うことによって罪を償ったまさに贖罪の様子であるという。ちなみにその贖罪の際に、キリストが本当に死んだかどうか確認するために使用されたのが「ロンギヌスの槍」だ。

とにかくゼーレの思想としては、人間は原罪を持つ偽りの継承者だからもはやこれ以上はまともに未来へ進むことはできないので、一度贖罪を成し遂げて、全てをリセットさせ、罪も穢れも原罪もない新しい生き物として再スタートするしかないのではないかということだ。

このリセットの手段としては、第一使徒のアダム(生命の実を持つ)と第二使徒のリリス(知恵の実を持つ)を接触させ、生命の実と知恵の実の両方を持つ神に近い存在にした上で、リリスを依り代として、ロンギヌスの槍を突き刺し、贖罪を完成させた後に、ロンギヌスの槍のデストルドー作用(死へと向かうエネルギー、原始へと回帰させるパワー)により、あらゆる心の境界線(ATフィールド)を融解させあらゆる人間をひとつにまとめ上げるための「アンチTAフィールド」を強力に発動させるという方法が取られる予定だった。その結果として全ての人間がひとつにまとまり、エヴァシリーズによって掘り起こされた黒き月(リリスの卵、ジオフロント)へ収束し、自分も他人もない、人間関係の悲しみも憎しみも苦しみもない安らかな浄土が生じ、人間はそこから原罪なき真の継承者として再スタートすればいいというわけだ。このダイナミックな計画により全ての人類が一旦絶滅してしまうことを、サードインパクトと呼ぶ。

もちろんこの計画によりゼーレの老人たちも消滅してしまうが、最後に「よい、これでよいのだ、すべては神の御心のままに」と言って消えてしまうゼーレの老人たちには、やはり神への深い信仰心がうかがえる。

このゼーレの計画のためにはアダム、リリス、ロンギヌスの槍、エヴァシリーズが必要だったがアダムもリリスも対立するゲンドウの手中にあったので、仕方なくリリスを元に造られユイの魂を持ち(知恵の実あり)、さらに使徒を捕食したことでS2機関(生命の実)を取り込み神に近い存在となっているエヴァ初号機を依り代とすることにした。結果ゼーレのシナリオが順調に進行してほとんど成功しかけたが、神の子として判断を委ねられた主人公の碇シンジが原罪を持ったまま他人や苦しみや悲しみのある元の世界の中で生きていくことを望んだために、最後の最後で頓挫してしまった。

 

・サードインパクトを引き起こしたい碇ゲンドウの思想

これに対して碇ゲンドウの思想は全く異なっているように見える。

「与えるのならなぜ奪うのかなぜそれを繰り返すのか。罪深き人類に課せられた罰なのか。この世の全ては奪われるために存在している。人類そのものもやがてサードインパクトと共に失われるだろう」

「人類の歴史に幕が降ろされるとき、ネルフの司令官としてこの私が課せられている使命は神への贖罪だ。だが、私は神に贖罪したいとは思わない、私が神にしたいのは復讐なのだ。神の子として生まれ変わるのではなく、私自身が神になりたいのだ。もう決して何も奪われないように」

というのは漫画におけるゲンドウのセリフである。このセリフからゲンドウにはゼーレとは異なり、神への忠誠心も信仰心も一切なく、神への贖罪など全く必要と考えておらず、むしろその逆に神に復讐したいのだという神への憎悪が見て取れる。これは最愛の妻であるユイが死んでしまったことが原因だろう。自分を愛してくれるユイを与えてくれたのに、幸せを与えておいてからすぐに奪い取り、与えられなかった場合よりもさらに深い悲しみをもたらした神に怒りを覚えているのだ。

さらにゲンドウという人物の最たる特徴を挙げるとしたら、それはユイに対する執着心である。とにかく死んでしまった妻のことが忘れられずに「もう一度ユイに会いたい」と常に切に願いながら生きているのだ。ゲンドウの目的が「自分自身が神になること」「神へ復讐すること」だと言うのなら、それにつながるもっと切実で最大の彼の願いは「もう一度ユイに会いたい」という一点に収束する。とにかく彼は死んだ妻に会いたくて会いたくて仕方がなく、そのためにはどんな手段も使うしどんな犠牲もはらうだろう。ではゲンドウはどのような手段で「もう一度ユイに会うこと」「自分自身が神になること」を同時に成し遂げるのだろう。

その手段とは、ゼーレと同じくサードインパクトを引き起こすことだった。ゲンドウは加持リョウジから第一使徒であるアダムの胎芽を手に入れた。それを体内に取り込むことにより、ゲンドウはアダムの肉体を自らの肉体と同化させた。またゲンドウが司令官である組織・ネルフの基地・ジオフロントのセントラルドグマというエリアには、第二使徒であるリリスの肉体が隠されていた。さらにリリスの魂は、綾波レイに宿っていた。また最愛の妻・ユイの魂はエヴァ初号機に宿っていた。

ゲンドウの計画は、アダムとリリスの接触によって始まる。生命の実を持ったアダムと知恵の実を持ったリリスが融合することによって、生命の実と知恵の実の両方を併せ持つ神に近い存在として覚醒する。予定としては、アダムと一緒になった自らの肉体をリリスの魂を持つ綾波レイと同化させ、その後綾波レイがリリスの肉体へと帰るときに一緒に自らも取り込まれ、自分も神に近い存在としてのリリスとして覚醒するはずだった。ここでゲンドウの「自分自身が神になること」という目的は達成される。しかし彼の最大の目的は、妻のユイに再び出会うことだ。

両方の実を持ち神に近い存在としてのリリスになったゲンドウは、強力なアンチATフィールドを発現させることによって全ての人間のATフィールドを融解させひとつの生命へとまとめ上げる。そしてそのひとつの生命をエヴァ初号機へと集約させる。エヴァ初号機はこの時点で、リリスを元に造られユイの魂を取り込んでいるので知恵の実を持ち、さらに前の戦いで使徒を食べてS2機関(生命の実)を取り込んだので、両方の実を併せ持つ神に近い存在となっていた。その神に近い存在であるエヴァ初号機に全ての人間をまとめ上げたひとつの生命を取り込むことによって、ひとつの実(知恵の実)を持つだけの欠乏者ではなく、両方の実を併せ持つ完全な存在として、人間はエヴァ初号機として永遠に生き続るという進化の形を取ろうというのだった。このひとつの生命の中にゲンドウ自身も入り込むことによって、ユイの魂を持つエヴァ初号機と一体化することが可能となり、ここでやっと「もう一度ユイに会う」もっと言えば「ユイと永遠に一緒にいること」が可能となるのではないだろうか。

しかしこのゲンドウの計画は、綾波レイがゲンドウと融合することを拒んだために、ゲンドウは神と等しき力を手に入れることはできずに失敗し、計画はゼーレの思い描く方向へ進むのだった。

 

 

・なぜロンギヌスの槍が碇ゲンドウの計画の妨げとなるのか?

ここまで同じサードインパクトを目指すゼーレとゲンドウの思想の違いを比較してきたが、ぼくがどうしても気になったのはゲンドウが「我々の願いを妨げるもの」として、宇宙空間に浮かぶ使徒を倒すという名目で投げ捨て、ロンギヌスの槍を月に突き刺し回収不可能な状態にまで追い込んだことだ。これに対しゼーレはかなり怒っていたので、ロンギヌスの槍はゼーレの計画にとって必要なもの、ゲンドウの計画には邪魔なものだと解釈される。…なんでゲンドウにとってロンギヌスの槍は邪魔なの?????

そもそもロンギヌスの槍とは何だろうか。ウィキペディアによるとアダムとリリスの活動を止めるための保安装置らしいが、そんな発言はアニメにも漫画にも全く出てこなかった。この解説はゲームの中だけでなされるという(エヴァゲリオンにはこんな感じの説明されていない裏設定が多すぎ!)。またロンギヌスの槍は、ATフィールドを無効化するアンチATフィールドの役割も果たすという。ATフィールド=リビドー(生きる力)、アンチATフィールド=デストルドー(死にたい気持ち、原始に戻る気持ち)と対応しており、ロンギヌスの槍はデストルドーに共鳴する特徴を持つ。確かにアニメの最終回でシンジがデストルドーを発現したときに、月にあるはずのロンギヌスの槍がシンジの元へ呼び戻されている。

ゼーレにとってロンギヌスの槍は絶対に必要なものだった。それは贖罪の完遂にこだわっているからだ。聖書によると贖罪はキリストが十字架で血を流して成し遂げられたという。エヴァンゲリオンにおいても結果的にはエヴァ初号機がエヴァシリーズが形成する十字架の真ん中でロンギヌスの槍に突き刺され血を流すことで、ゼーレの中の贖罪の儀式は完了されたと思われる。信仰深いゼーレの中ではこの贖罪あってこその人類補完計画だったのだ。これによって知恵の実を食べたという人類の原罪が許され、知恵の実を食べる前の楽園で暮らしている状態へと戻ることができるという意味だろう。つまり人類が知恵の実も生命の実も持たない本来の状態にまでリセットされると考えられる。また神と同様の存在になったエヴァ初号機にデストルドーを植え付けて強力なアンチATフィールドを発動させることも、ロンギヌスの槍の追加的な役割だろうか。

しかし全く信仰心がなくむしろ逆に神に復讐したい、神になりたいと考えているゲンドウにとって、ロンギヌスの槍は必要なものではなかった。ゲンドウの目指すべき方向性は、人類を贖罪させ知恵の実も生命の実も両方持つことがないゼーレが理想とした楽園ではなく、人類が知恵の実も生命の実も両方持っている神のような存在になることだ。この観点から言えばゼーレとゲンドウの思想は真逆である。つまりゲンドウにとってロンギヌスの槍で依り代を突き刺し、原罪を浄化させ人類が実を持たない状態になることは、むしろ自分の目指す世界とは真逆だったので、ロンギヌスの槍を邪魔だと感じ、敢えて回収不可能な状態にまで持って行ったということだろう。

 

 

・まとめ表

ゼーレ ゲンドウ
思想 知恵の実を食べた人間の原罪を、贖罪によって取り祓い、楽園へと帰る 人間を神のような存在へと進化させ、エヴァ(ユイの魂)と共に永遠に生きる
サードインパクト 引き起こしたい 引き起こしたい
知恵の実 不要(贖罪によって取り除かれたい) 必要(2種の実を以て人間を神的存在へ)
生命の実 不要(人間は元から持っていない) 必要(2種の実を以て人間を神的存在へ)
ロンギヌスの槍 贖罪に必要 むしろ邪魔なもの
ひとつの生命の集約場所 黒き月 エヴァ初号機
思想の実行に必要だったもの アダム、リリス、ロンギヌスの槍、エヴァシリーズ アダム、リリス、エヴァ初号機

表でまとめるとこんな感じ???エヴァンゲリオンって複雑で難しい!何か全然違うこと言ってたら教えてください!

 

 

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