裸体で泳いだ宇宙の海に導かれ、ぼくは人がなぜ死ぬのかを知った

 

人はなぜ死んでしまうのだろう。

裸体で泳いだ宇宙の海に導かれ、ぼくは人がなぜ死ぬのかを知った

・裸体で泳いだ宇宙の海
・この世で最も深い罪は、この世で最もささやかな雨によってゆるされる
・ウミヘビが陸に打ち上げられたとき、それは出雲の神々の帰郷の合図
・ヘビが不死となる代わりに、人は死ぬ運命をまとった

・裸体で泳いだ宇宙の海

ぼくたちが裸体で泳いだ
宇宙のような海の色を覚えている
岩石の底に閉じ込められた聖域
なにもまとわない肉体が 南の島の光の中に消える

宇宙は無限に広がる運命なのに
宮古島の果てに封印された
海はどこまでも続く定めなのに
ここにだけ宝石のように保存された

ここまで通じる道はない
荒々しい岩石が臆病な人間を嗤う
少年的な冒険心を持つ危険な者だけが
灰白色のサンゴの群れを超える

ぼくたちだけの秘密の海で
ぼくたちは外の世界の住人ではなくなり
ぼくたちだけの秘密の宇宙で
ぼくたちは肉体を天へとささげた

宇宙の海に揺らぐ裸体は
どこまでも透き通る光だけを吸い込んで
ぼくたちの根源から押し寄せる欲望を
抑えきれずに果実は蒼い天空を向いた

「ここでは海の音がまるで
子宮の中の音がするんですってね
だからこの海に浸る人は胎児へかえり
もう一度生まれ変わることをゆるされるの」

ぼくたちが裸体になった意味を
ぼくたちはなにも知らない
ただ若すぎる果実が上を向いて
いつまでも海から上がることができない

その瞬間に何かが足元をすり抜ける
宇宙の色をした海に住む 宇宙の色をした生物
滑らかに遠ざかり また近づいてくる神様
そうあれは畏れを抱くウミヘビだった

死に至る毒を持つ生き物
命を奪う牙が光る生き物
宇宙の色をした海はウミヘビのすみか
宇宙の色をしたウミヘビがが主(あるじ)

光の中の裸体は ぼくと世界の境界線
青色の衣をまとわないことがぼくを境界の世界へと誘(いざな)う
男にも女にもなれない境界で
生と死が揺らぐ宇宙の海をさまよう

境界を超越することが
ぼくの生まれながらの定めだった
ただ境界という聖域に立ち尽くし
何者にも属さない傷がぼくを天空へと導く

裸体のぼくの足元を自由に遊泳していた
宇宙の海の主がどこかへ消えた
ぼくはこの海で生かされたのだろうか
聖域への無法な侵入をゆるされたのだろうか

なんとウミヘビは目の前の岩石をよじのぼり始めた
宇宙の海から 海と空気の境の水面へ
水面を超えて 自らの領域ではない陸へ
そして果てしなく天へと続く崖を どこまでものぼっていった

ぼくは見せつけられた
境界を超越するという有様を
それは悟りを開いた人間に語りかけられたわけではなく
ウミヘビによって示された真理だった

宇宙の海の中でぼくはただ立ち尽くす
ウミヘビとは海の中でしか生きられない者ではなかったのか
ウミヘビとは水と陸を自由に行き来する者だったのか
水面という境界を超えてウミヘビは陸にさえ君臨していた

水と陸の境目はどこにある
海とウミヘビの境目はどこにある
ぼくと宇宙の境目はどこにある
ウミヘビとぼくの境目はどこにある

すべてを超えて宇宙は連なる
まるではじめから決められていたかのように
絶海の孤島に見つけた宇宙色の海の聖域で
ぼくはまた生まれ変わり 子宮を出る

 

 

・この世で最も深い罪は、この世で最もささやかな雨によってゆるされる

おまえの罪はこの世で最も深いもの
おまえの罪はおまえの生命に焼き付いて
死ぬまで逃れられない定め
死んでも逃れられない運命

ゆるされることはないだろう
どんな善行を積んだとしても
満たされることはないだろう
苦しみの海に溺れ続ける呪いを受けるだろう

哀れなおまえが憎らしい
ぼくはおまえをひどく憎む者
それと同時におまえを慈しむ者
人の心というものは不可思議でおそろしい

この世で最も深い罪を犯した生命は
未来永劫ことごとく仕打ちを受ける定め
天からそう聞かされていたはずなのに
海風に吹かれて不思議なゆるしが降る

この世で最も深い罪は
この世で最もささやかな雨によってゆるされる
どんな神の意思も届かない真理
この世で最もささやかな雨を宇宙の海はもたらした

この世で最も罪深いおまえにもたらした

この世で最も深い罪は、この世で最もささやかな雨によってゆるされる

 

 

・ウミヘビが陸に打ち上げられたとき、それは出雲の神々の帰郷の合図

日本の神々の故郷 出雲だけは
10月のことを神有月と呼ぶ
神様が出雲に帰ってきた合図は
陸にウミヘビが打ち上げられることだという

境界線を超越するウミヘビが
古代のこの国の人々にとっても
神聖なお告げであったことを知る
宮古島と出雲はウミヘビで繋がる

陸をも歩くウミヘビ
本当は海の中を舞うだけの存在が
水面という境界線を突破して
力強く岩石の上を這いつくばる

異国と間違えるほどに遠い南の島
その辺境にたたずむ宇宙の海が
子宮の音を湛えながら主であるウミヘビを宿す
裸体の海は出雲へと意識を導く

 

 

・ヘビが不死となる代わりに、人は死ぬ運命をまとった

宇宙の海を宿す あの南の島を離れて幾年月
広大な祖国を旅して帰りついた故郷で
不思議と手をのばした未読の本
ロシア人作家 1971年 「月と不死」

どうしてこんな本があるのだろう
どうしてこんな本を買ったのだろう
自分のことなのに思い出せない
まるで宮古の夢幻を見ているようで

宇宙の海のウミヘビはぼくを
様々な異郷へと導いてくれた
最も深い罪がゆるされる国 古代の神々の故郷は出雲
そして最後にたどり着くのは

「なぜ人は死んでゆくのか」

太古の昔 宮古に人が住み始めた頃
月の神様が人に永遠の命をもたらそうとした
ひとつの桶には命の水を ひとつの桶には死の水を
宿して遣いを宮古へ下らせた

遣いが宮古のほとりで休んでいると
どこからともなくヘビがやってきて
不意に命の水をかぶった
ヘビは人の代わりに不死となった

遣いはうろたえ分別をなくした
どうしようもなく人に死の水を飲ませた
人はそれから死ぬようになった
ヘビが永遠の命をもらう代わりに

ぼくたちはなぜ生きていくのだろう
ぼくたちはなぜ死んでゆくのだろう
どうでもいいけれど青い液体を射精しよう
生も死も抱えたあの宇宙の海へ向かって

月と不死

 

 

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