無傷の生命

 

モーゼが大海をふたつに分けるように
思想が人の間を深く切り刻んでゆく
まつりごとの果ての岸辺に血はながれ
ありもしない境界に惑わされて終わる

なにによって人はわけられる
言語血筋宗教思想肌
なぜに人はこの世を分け続ける
凶暴なナイフで世界を裂く

同じ風景だなんてつまらない
どこかにわたしではないなにかを求める
わたしがわたしになれるために
わたしではないなにかをさがす

否定によってすべては始まる
差によってすべては動き出す
もはや止められることのない認識
いかようにも定められ免れぬ愚かさ

わたしたちは切り裂かなければ生きられない
ナイフを手放した途端に魔法はとけて
火を持たない動物へと帰りゆく
自我を持たない真理へとたどり着く

おそろしいものを見たくないばかりに
異国を退けながら歩き出すもの
生きることに退屈するあまりに
境界線を越え身を投じるもの

旅立ちの日にはいつでも心に風が吹く
思い出すこの生命の最大の出離
誕生という最たる旅立ちを思えば
この人生のどのような旅立ちも無傷

 

 

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