幸福と春の訪れ

 

 

ロシアの高尚な教え諭しが
シベリア鉄道をゆくぼくの胸を貫いた
机の上にはトルストイの人生論
人々が幸福になるための道が記されている

立ちはだかる理性という人間性
白い人曰く動物と人間は大きく隔てられ
誰もが幸せになる軌道はただひとつ
ただひたすらに与えなさいと

真冬のシベリヤの大地を鉄道は走る
たったひとつの線路が旅路を指し示す
閉塞された2等車の小部屋
ぼくたちは誕生を待つ胎児のように

穏やかに宙を浮かんでいた
あたたかでおだやかな温度のもと
永久に呼吸さえ忘れたまま
これまでの進化の道筋を辿った

輪廻転生の円環を外れた一本の鉄道
モスクワはまだ闇の中の都
聖者の光が金色(こんじき)に世を照らし
論理的な繰り返しが人々に問いかける

なにもない荒野に与えるという心は芽生える
与えられる命 与える命
その境目さえ取り払われ
シベリア鉄道の宇宙は響く

帰り着けば知らされる幸福の感触
桃色の夢が虚空に花開くとき
言葉を超えて論理を超えて
ぼくは幸福の正体にたどり着く

幸福はただ春の訪れの中にあったのだ
与えることも与えられることも関係ない
愛することも愛されることも意味がない
幸福はただ春の訪れの中にあったのだ

厳しい冬の荒野に打ちひしがれて
閉ざされていた心が芽を醒ます
どこにあろうと何をしようと
幸福の果実の疼きがぼくを待っている

 

 

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