正三角

マッターホルンへ行く者は
この世の歩みを忘れている
マッターホルンへ行く者は
自分の生きることを忘れている

本当は手放したかったものを
手放して旅立ちなさい
あらゆるものが白い世界へ
天を貫く感性が聳える

あまりに白いと前が見えない
あまりに白いと私が見えない
たどり着く正三角の砦は
激しく相剋しあうベクトル

教会という境界を乗り越えて
雪という幻しを踏み越えて
迷いようもないひとつの道が
それぞれの命を待っている

わたしの道をわたしだけが知る
あなたの道をあなただけが見る
不可解に見える人生たちに
深い秘密を補ってゆく

森羅万象が重なりあえば
澄んでとけゆく光のように
わたしにはわたしが見えない
鏡の中にわたしがいない

天だけがわたしの鏡面
雪だけがわたしの名称
消えゆくものでもあるまいに
眠るように越えてゆけ

死とはあの山を乗り越えるだけのこと
そっと力を抜けばたどり着くよ
その先にはまた新しいあなたの
正三角が整然と聳え立つ